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Photo byfumin_minmin

日当たりの悪い庭とFIRE生活:それでも僕は種をまく            

    はじめに

    FIREすると、季節の輪郭がどんどん薄れていく。 曜日の概念は溶け、祝日も連休もただの「今日」になる。 世間が「年度末だ」「GWだ」と騒いでいても、僕の体内カレンダーは無反応だ。

    そんな僕でも、季節をはっきり感じる瞬間がある。 それが 家庭菜園の種まきと収穫のタイミング、そして 毎月の株の優待権利落ち日 だ。 FIRE民の四季は、暦ではなく 植物と株式市場 が教えてくれる。

    🌿日当たりの悪い庭と、3つのプランターから始まる僕の一年

    うちの庭は、冬はほぼ日陰。春から秋になって、ようやく「まあまあ」光が入る程度。 それでも、僕にとっては立派なフィールドだ。
    ベランダは、1年中日当たりがまあまあいいので、1年を通して活躍してくれている。
    今、大きめのプランターが3つあって、植物ローテーションをAIと相談した結果、次のようになった。
      今       → 今後
    ・ 分葱(わけぎ) → 6月に堀上げ     → バジル
    ・ ニンニク    → 6月に堀上げ     → モロヘイヤ
    ・ ルッコラ    → どっかのタイミング → ルッコラ

    ルッコラは、毎日収穫できて、家族のサンドイッチ用になっていて、ほんの少しだけ喜ばれる。 「ありがとう」と言われるわけではないが、 「あ、今日ルッコラ入ってる」 と気づいてくれる。 FIRE民にとっては、これだけで十分な“社会との接点”だ。

    🥗 春菊は「家族サービス」ではなく「家族の要求」

    そして、今年も庭のほうでは 唐辛子、モロヘイヤ、ルッコラ、パセリ、春菊 を育てる予定だ。
    特に春菊は、うちでは扱いが特殊だ。 世間では春菊を「すき焼きの具」だと思っているが、うちでは、 生で食べる。サラダにするとめちゃくちゃ美味しい。 香りが立って、オリーブオイルと塩だけで成立する。
    だから問題は、 春菊を育てていないと家族から叱責される という点だ。
    「なんで今年は春菊ないの?」 「サラダどうするの?」 という圧が飛んでくる。
    ルッコラは“ささやかな奉仕”だが、 春菊だけは“義務”に近い。

    🌞 FIRE民の季節感は、植物と株が教えてくれる

    普通の人は、季節を「行事」で感じる。 入学式、夏休み、年末年始。
    FIRE民は違う。
    ・ 分葱の葉が固くなってきたら「あ、春が終わるな」
    ・ ニンニクの収穫が近づくと「そろそろ梅雨か」
    ・ モロヘイヤの種をまく頃には「夏が来た」
    そして月末には、 「あ、優待の権利落ち日だ」 という、株式市場の“季節”もやってくる。
    FIRE民の暦は、植物と株価でできている。

    🌱 今年も、ゆっくり季節を育てていく

    家庭菜園は、FIRE生活の中で数少ない「時間の流れ」を感じる装置だ。 種をまき、芽が出て、葉が伸び、収穫して、また土を休ませる。 その繰り返しが、僕の一年を静かに区切ってくれる。
    今年もまた、 唐辛子、モロヘイヤ、ルッコラ、パセリ、春菊を育てながら、 季節をひとつずつ取り戻していくつもりだ。
    FIREは自由だけど、放っておくと時間の輪郭が溶けてしまう。 だから僕は、今日もプランターの土を触りながら、 「今年もちゃんと季節が来たな」 と確認している。

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