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無知を抱きしめて

    夕食を終えて、軽く食卓を片す。僕は歯ブラシにペースト状のそれをのせて口に入れた。なんとなく、ツイッターを開いてしまう。

    ツイートしたいことなんて、なにひとつ持ちあわせていないのに、ついついツイッターを開いてしまう、この生理はなんなのだろう。

    ちょっと手持ち無沙汰になったときに、SNSを開いてしまうとき、僕はSNSを開こうとして開いているわけじゃない。僕のなかで「SNSを開く」という意思決定がなされているわけではない。なのに、開いてしまう。これは「習慣」であり、もっと言えば「生理」である。


    ツイッターを開くと、たくさんの言葉が僕のもとに押し寄せてくる。

    昨今では、過激な論法によるツイートを目にすることは少なくなった(僕のタイムラインでは)。論法は「過激」から「フォーマル」へ移行していっているみたいだ。

    ツイッターは「言論の場」から「社交の場」へと変わっていっているみたいだった。それは立食パーティーでの会話の方法とよく似ている。

     
     
    作家、演出家。ぺぺぺの会メンバー。『信仰、未知と差異のデマゴーグ』(呆然戯曲賞自由部門)、『信号』(朝日新聞・あるきだす言葉たち掲載)、『No. 1 Pure Pedigree』(こりっち舞台芸術まつり!最終審査ノミネート)、『夢の旧作』(SAF vol.14優秀賞)など。

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