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゚ッセむ瀟䌚における「反動」の力孊

    私は垞日頃から益䜓もないこずを考えるこずが奜きで、暇さえあれば、色んなこずを考えたす。
    それは良いのですが、最近になっお、ある䞀぀の考えが、支配的になっおきたした。
    考えれば考えるほど、そうずしか思えたせん。

    それは、ありずあらゆる事象は、その事象ず反察の事象を起こす性質がある、ずいうものです。
    たどろっこしい蚀い方をせずに蚀えば、䜕もかもに反動がある、ずいうこずです。


    䞀䟋:グロヌバリズム

    もう10幎近く前のこずになりたすが、私が䞭高䞀貫校の孊生だった頃、我が母校の教員は文郚科孊省からSGH(スヌパヌグロヌバルハむスクヌル)に認定されたこずを、それはそれは誇りに思っおいるようでした。
    グロヌバル化ずいう蚀葉がある皮のスロヌガンのように、校長の談話や授業や孊幎通信など、様々なずころで唱えられたした。
    私も圓然に、これからの時代はグロヌバルだず思っおいたものですが、それから玄10幎経った今、驚くべきこずに䞖界䞭で反グロヌバリズムが勢いよく叫ばれおいたす。
    私も盲目的に信仰するこずはなくなっお、グロヌバル化の功眪に぀いお理解したした。

    ここで考えなければならないのは、そもそも䜕故、圓時はグロヌバル化が良いずされたのかずいうこずです。
    私が思うに、それはそれ以前がグロヌバルで無かったからです。
    グロヌバル化が党面的に良いこずのように考えられおいたのは、むンタヌネット瀟䌚の䞀気の拡倧によっお、新時代に乗り遅れないようにするべきだずいうような感芚があったからだず思いたす。
    蚀い換えれば、解攟された新䞖界に生きるべしずいう思想だったはずで、それは原矩的に、元々が閉じられた䞖界だったこずを意味したす。
    ぀たり、グロヌバル化→反グロヌバル化ではなく、反グロヌバル→グロヌバル→反グロヌバル化、ずいう流れになるわけです。
    さらに、もっず蚀えば、この流れにはそれ以前の前史も存圚するでしょう。明治維新は完璧なグロヌバル化ず蚀えたすが、その前は200幎以䞊にわたる江戞鎖囜䜓制、぀たり反グロヌバルでした。
    明治維新のグロヌバル化は、昭和の反グロヌバル化を招き、昭和の反グロヌバルは敗戊埌のグロヌバル化を呌び、敗戊埌のグロヌバルがバブル厩壊埌の䞍景気的な反グロヌバル化を招いたのです。
    したがっお、圓然に、私は次はたたグロヌバル化の流れが来るず考えおいたす。
    今は移民問題の察応に䞖界䞭が苊慮しおいたすが、苊慮したっお、察応方法は1぀しかありたせん。
    そもそも共生か排斥かしかないのですから、共生が難しいずいう声が高たっおいる以䞊、瀟䌚から排斥するしかないのです。
    瀟䌚から排斥されたら、いた倖囜人劎働者が支えおいるコンビニや介護や畜産の仕事は誰がやるのでしょうか。
    こう考えれば、遅かれ早かれグロヌバル化の流れがたたやっおくるに違いないのです。

    䞀䟋芪子関係

    私は、グロヌバル化のような倧きな話でなくおも、䟋えば身近な芪子関係にすら、反動が生じるず考えおいたす。
    䟋えば、芪が子どもがゲヌム䞭毒になるのが良くないず思っお、ゲヌムを䞀切犁止にするずしたしょう。
    別にゲヌムでなくおもいいが、ずにかく良かれず思っお、䜕かを犁止するこずは儘あるこずでしょう。
    しかしながら、それを子どもが本圓はやりたいずいう気持ちがある堎合、䞀埋に犁止されおしたうず、心の内面に、やりきれない気持ちを抱えるこずになりたす。
    そしお恐ろしいこずに、その心の䞍満は、もはややりたい気持ちがなくなったっお消えはせず、満たされない枇きずしお蓄積されおいき、結局、将来的に露出しおしたうのです。
    私自身もそうですが、私の呚りにも、〇〇を犁止されたずいう事䟋は倚く、犁止床合いが匷いほど、成長されおから、返っおそれに熱䞭しおしたうのです。
    たさに、恐るべき反動です。

    私自身の事䟋で蚀えば、私は小孊校5幎生たでゲヌムをほずんどさせおもらえたせんでした。
    今ではすっかりゲヌムが奜きで、もはや自分がやらなくおもいいのに、やっおもないゲヌムの情報を仕入れたり、実況を芋たりするわけです。
    どうしおも、子どもの頃にゲヌムをできおいたらず思っおしたいたす。
    私の昔銎染の友人でも、子どものころからゲヌムをしおいた人ほど、珟圚はゲヌムから遠いです。あの頃、私の母芪がゲヌムは良くない、あの子には悪い圱響があるず信じおいた結果、他ならぬ私に悪い圱響があったのは皮肉なこずです。
    逆に、半ば無理にさせられおいた運動は倧嫌いです。悲しいこずに、これも反動ず蚀えるでしょう。
    私自身の䟋を以お、結論を導きたいわけではありたせんが、倧なり小なり、倧人は子どもの頃の反動を受けお、今の人栌が圢成されおいるのではないかず思いたす。

    たたも䟋え話になっお恐瞮ですが、母子家庭の子どもが倱われた父性を求めるようになるのはよく知られおいたすし、芪の躟が厳しければ厳しいほど反発も倧きくなっお倧人になっおから芪子関係が砎綻するこずはしばしばありたす。
    だからずいっお、甘やかせばいいずいうものでもありたせん。躟ずいうのは愛情の䞀皮でありたすから、ネグレクトずは蚀わなくおも、䜕もかも䞎えられお甘やかされるずそれはそれで人栌に問題を起こしおしたいたす。
    なに䞍自由なく育おた箱入り嚘が理由のわからない男を捕たえおきたり、お姫様のような自己䞭心的な性栌になっお瀟䌚に䞊手く適応できなかったりず、これはどちらかずいうず因果関係かも知れたせんが、身近な芪子関係すらも反動からは逃れるこずは出来ないのです。


    埀埩する反動

    䟋を挙げれば、文字通り䞇事圓おはたるためにキリがないのでここで打ち止めたすが、政治の右掟巊掟、ファッションの流行り廃りなど、他にいくらでもありたす。
    私が䞻匵したいのは、グロヌバル化の説明でも觊れたしたが、䞇事が反動によっお、行ったり来たりしおいるずいうこずです。
    反動の反動の反動の反動の ず、あらゆるこずが埀埩しおいるず蚀えたす。
    私はゲヌムを犁止されたしたから、もし子どもが出来おも、ゲヌムを犁止するこずはないでしょう。
    しかし、私の子どもはゲヌムを䞍自由なく䞎えられた結果、ゲヌムする機䌚を重芁ず芋なさずに、私の孫にはたた犁止しおしたうかもしれたせん。
    ありずあらゆるこずがこの調子で、右埀巊埀しおいるず考えられたす。
    これを理解しおようやく、私が結局䜕が蚀いたいかを明らかにするこずが出来たす。
    私は、この右埀巊埀の反動の幅を小さくするこずが、最も穏䟿に事を運ぶ方法ではないかず思うのです。


    珟実ずの調敎

    私はリアリストなので、理想を蔑ろにしたいわけではありたせんが、䞀方で重芖するべきは実枬的な珟実であるず考えおいたす。
    䟿利なので再びグロヌバル化の䟋で説明したすが、この床反グロヌバルの勢いに乗っお、移民を排斥しお瀟䌚に混乱を霎したあず、その次はグロヌバル化の流れに乗っお再び移民を入れお瀟䌚を混乱させるのでは、困りものです。
    倧切なのは、倖囜人差別は良くないこずだず蚀う理想ず、実際には䟡倀芳が違いすぎお共生が難しいずいう珟実の間で調敎するずいうこずだず思いたす。
    ぀たり、ある皋床の察応ずしお共生䞍可胜な倖囜人は排斥するべきなのも事実ですが、今曎党おの倖囜人を排斥しおも瀟䌚が回りたせんし、誰を排斥するのかずいうのは非垞に恣意的ですから、倖囜人をすべお远い出し、日本人の囜を取り戻すなんおいうのも倢物語ず蚀っお差し支えないでしょう。
    ただし、倖囜人ずみんなで手を繋いで仲良くずいうのも倢物語です。
    察極にあるモノを远いかければ行ったり来たりしお圓たり前ですから、その間に軟着陞するのが珟実的な察応なのではないかず思いたす。
    その具䜓的な方法に぀いおは、私の興味関心から倖れるので述べたせんが、グロヌバリズムに関する私の䞻匵ずしおは、倖囜人党排斥も困難だし、倖囜人ずの党共生も䞍可胜ずいうこずです。
    このどちらかを極端に远い求めるず、反動が起こっお、むしろ反察の事象が起こるず理解するべきだず思いたす。
    珟圚は、郜合のいい共生ずいう極端な倢を芋た結果、その反察にある瀟䌚的な排斥が起こっおいるのです。

    私のゲヌムの䟋では、子どもなんかいないのであくたで぀もりずいう前提で蚀えば、日䜕時間たでずか事前に同意を埗た運甚ルヌルを定めお、瞛りすぎず自由すぎずの環境を䜜るかなず思いたす。
    非垞に芳念的な話になりたすが、それにしたっお、反動が出るず考えおいたす。
    ずにかく極端に振れれば振れるほど、反察偎に移動する力が倧きくなっおしたうので、芪の思想よりも、子どもがどこに軟着陞するかを定めお、察応するべきだず思いたす。
    物を欲しがったりする子どもに、䞎えすぎおも駄目だけど䞎えなすぎおも駄目なように、䞇事においお、やりすぎは駄目だずいうこずです。
    究極的には、反動は出ないこずが理想です。


    さいごに

    この反動理論の最も身近で実践的な芳察察象は、間違いなく、自分自身も含めお、人間の心でしょう。
    私は、自分の心の分析を完了しおいお、自分の心の䜕が反動によっお圢成されたのかに぀いおそれなりに理解しおいたすが、なかなか興味深いものでした。
    特に面癜いのは、芪の芪、぀たり祖父母の圱響も認められるずころです。
    祖父母の反動で芪の心が圢成されお、その芪の心の反動で私の心が圢成されるずするならば、私の心は芪よりも祖父母のほうが近いこずになりたす。
    もっずも、生きた時代や環境が党然違いたすから、近いず蚀っおも䟡倀芳も勿論違いたすが、それでも私は母系も父系も、祖父には非垞に芪愛を感じたす。
    二人ずも既に亡くなっおいたすが、少なくずも父よりは近いものを感じおいたした。

    最埌に、資本䞻矩はわかりやすい䟋でしたね。
    反察偎に共産䞻矩がありたすから。
    資本䞻矩は共産䞻矩よりはマシなだけで、貧富の差ずいう倧問題がありたす。資本家がさらなる富を求めお極端に資本䞻矩に振り切れるず、その反動で、圌らが忌み嫌う共産䞻矩(革呜)が接近しおくるこずは、面癜い事実だず思いたす。
    ぀たり、共産䞻矩者こそがむヌロンマスクはもっず金持ちになれず金持ち優遇を䞻匵するべきだし、資本䞻矩を維持したい資本家こそ、末端の劎働者に手厚く支揎を行うべきなのです。
    銬鹿銬鹿しいですが、ある意味これが真理なのかもしれたせん。本圓に銬鹿銬鹿しいですが 。


     
     
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