
私がチェスカー・ポシュタの大ファンになったきっかけ
くじ引きで決まったチェコ留学と、チェスカー・ポシュタとの出会い
私は偶然と幸運に恵まれ、2年前、チェコに留学する機会があった。
そのときは本当にくじ引きみたいなもので留学先が決まった。
「チェコってビールが美味しくて、中欧にあって、首都がプラハだよね」くらいの認識しかなかった。
詳しいことをなにも知らずに、それでも「ヨーロッパへの憧れ」だけをスーツケースに詰めて、私はブルノというチェコ第二の都市へと飛び立った。
そこで、私はチェスカー・ポシュタに深く恋に落ちることになる。
「世界一美しい郵便局はプラハにある」という記事を読んで、私は突き動かされた
そしてその留学に行くときに、「世界一美しい郵便局はプラハにある」といった記事を読んだ。
何語で書かれていて、誰が書いた記事だったかすっかり忘れてしまった。そして私はいまだにその記事を見つけることができずにいる。
その記事には、プラハ中央郵便局の画像が載っていた。一目惚れした。心臓に強い電流が走った。脳を殴られた感覚があった。肉体をえぐり取られた感覚があった。「これだ」と思った。「ここに行きたい」と心から思った。
それをきっかけに、私はプラハ中央郵便局の美しい内装や外装に惚れ込み、そしてチェスカー・ポシュタ(Česká pošta / チェコの郵便局)自体を好きになった。
叶わなかった夢を抱いて
残念ながら留学生活はとても忙しくて、そして私も体調を崩していたし、期間もそんなに長くなかったので、プラハ中央郵便局を訪れることはかなわなかった。
それだからこそ、私の胸の中には「プラハ中央郵便局に行きたい!」という思いが、まるでプラハを流れるヴルタヴァの流れのように、しっかりと息づいている。
2度目のチェコ留学を決めたのは、プラハ中央郵便局への憧れがあったから
そして現在、私は2度目のチェコ留学に向けて歩き出している。
チェコ語を学び、チェコ語を使って暮らし、チェコ語で会話して、チェコ語で生きる。
その中心にはいつも、チェスカー・ポシュタの存在があった。
プラハ中央郵便局が大好きすぎて、私はチェコ語の勉強を今日も頑張っている。
いつかプラハ中央郵便局に行って、あの美しい天井の下に立って、壮大な景色を見上げて、そしてチェコ語で「日本に手紙を出したいのですが…」と言う。
それが私の夢だ。
「プラハ中央郵便局が大好きだから」はじまる留学生活
それはまさにプラハ中央郵便局が大好きだから、というそれだけの理由からはじまった。
そして今後ずっとこの美しい郵便局がある街にいたい、という思いから、チェコ語を勉強し、プラハへの移住を決めた。
今度は語学留学からはじめて、チェコに馴染んで、そして長く住めたらと思っている。そうすることで、毎日大好きなチェスカー・ポシュタを見ることができるから。
pošta spojuje の思想が私を救っている
人生、生きていれば誰しもしんどい日々がある。
もう生きているのが嫌だと思うくらい落ち込んだり、あるいはもう立ち上がれないと思うほど悲しんだり。
そんなときに私を支えるのが、pošta spojuje (郵便はつなぐ)というチェスカー・ポシュタの企業理念だ。
生者も、死者も。
病人も、健康なひとも。
隣にいるひとも、遠く離れたひとも。
同じ言葉を使うひとも、言葉が通じないひとも。
愛に満ちているひとも、誰かの手を必要としているひとも。
郵便は、確かに私達を繋いでいる。
私達が誰であれ、私達がどんな言葉を話そうと、私達がどんな罪を抱えていても、郵便は、そしてチェスカー・ポシュタは、私達をしっかりと繋いで離さない。
そんな素晴らしい企業理念は、決して机上の空論などではない。それはチェコ全土に、そして海外に、しっかりと郵便という形で息づいている。