
【短編小説】ウェルカム・ウェルカム
みくまゆたんさんとコッシーさんのこちらの企画に参加させていただきます!
チャレがや杯を除いて初参加です。
文字数制限なくされたとのことで、少し長めに書かせていただきました。
なにか不備がありましたら教えてください…!
よろしくお願いいたします!
スマホを機種変更して1週間が経った。
使いこなすまでまだ遠いが、初日に引き継ぎ設定を頑張ったおかげで今のところ日常生活に支障はない。
前のスマホには8年世話になった。
しかしここ何ヶ月か電話のアプリがうまく作動せず、先日、電車から降りたところでうずくまっていたサラリーマンの世話をした際に繋がらなくて新調することを決意した。
仕事でも使うので、店に行って即最新機種が手に入ったのには助かった。
ちなみにその人は、瑠衣が声をかけた別の乗客の呼んだ救急車で運ばれていった。不甲斐ない。
あとのことは知らないが、大ごとにならず、無事に帰宅できていたらいいなと瑠衣は思う。
瑠衣は朝早く美容院でセットしてもらった髪型を崩さないよう、慎重にドレスに着替えた。
買ったばかりの紺色の、襟と袖がレースになっているワンピース。
若すぎず老けすぎず、品もあって華やかだ。
色が落ち着いているのでこれなら紗奈の晴れ姿を邪魔しないし、ぎりぎり日常使いできないこともない。
目元をいつもより気持ち気合いを入れてメイクを済ませ、バッグにご祝儀がきちんと入っていることを確認して部屋を出る。
鍵を回すとき、初めてネイルサロンで施してもらったネイルが目に入って気分が上がった。
クリーム色に金色のラメ。
学生の頃は化粧に興味を持たなかった自分がこんなに着飾るなんて、紗奈はきっと知らない。
そういえば紗奈は、この式のために痩身エステに通い、食事制限をして5キロほど痩せたと言っていた。
今日の彼女はどれほど美しいだろう。
瑠衣は胸を高鳴らせ、真新しいヒールをかつんと鳴らしてアパートを出発した。
結婚式の会場はできたばかりの大きなチャペルで、たくさんの人でごったがえしていた。
今日は3組のカップルが式を挙げるらしい。
みんなが着飾って、少しよそよそしくて、緊張して、浮き足立っている。
瑠衣は現地集合することにしていた乃亜とあゆみを待つ間、そういえばとスマホを取り出し、カメラアプリを起動した。
今日はたくさん写真を撮るつもりでいたが、まだ一度も撮影したことがない。
今までと勝手も違うだろうし、慣れておいたほうがいい。
とりあえずお試しでウェルカムボードを撮影しようとして構え、まず明るさを調整するアイコンが違うことに気が付いた。
いったんスマホを引っ込めて、並んでいるものを見比べる。
ええと。これが明るさで。これがズームで。こっちは画面の大きさ?
適当に設定して再度構える。
とりあえず撮影ボタンを押してみると、シャッター音が思ったより大きく響いて驚いた。
どうしよう。こんなにうるさいと思わなかった。静かな場面で押したら目立つかもしれない。
辺りを見回して誰も自分に興味がないことを確認すると、写真フォルダを開いて撮ったばかりの写真を確かめる。
光が飛びすぎていたり、逆に暗かったり、加工アプリでごまかそうと目論んだが、いつも保存されているはずのフォルダに写真がなくて動揺した。
写真一つでこんなに苦労すると思わなかった。
今日は動画も撮るだろうし、せっかくの紗奈の花嫁姿をきれいに残してあげたい。
腕を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返しているうち、あの、と控えめな男性の声がした。
「なにかお困りですか? ご苦労されているようなので」
しまった、ずっとここにいたら邪魔だったかもしれない。
瑠衣は苦笑いしながら振り返って取り繕う。
「いえ、スマホを変えたばかりで、写真に手間取ってしまって」
顔を上げると、どこかで見た顔だな、と瑠衣は思う。
職場。取引先。大学。地元。違う、そんなに昔じゃない。もっと最近、どこかで――。
「あ」
この前の、と言った瑠衣と男性の声が重なり、顔を見合わせる。
「お体大丈夫ですか」
「スマホ、新しくしたんですね」
また声が重なってぷ、と笑った。先に答えたのは彼だった。
「大丈夫です。寝不足がたたった貧血でした。ご心配をおかけしました」
申し訳なさそうに頭を下げた彼に、瑠衣はほっと胸をなでおろす。
「それは良かった。私もあれがきっかけで機種変しました。もう自分で救急車呼べますよ」
「一度きりで充分です」
あの日真っ青になって駅でうずくまっていた彼は、苦笑いしながら格好よくワックスで整えた頭を掻いている。
「あんなに人がいるのに、声をかけてくれたのはあなただけでした。お礼がしたいと思ってたんです。僕、カメラのメーカーに勤めています。使い方、お教えしましょうか」
「それはそれは」
横並びで瑠衣がスマホをタップすると、彼は爪、きれいですね、と言ってはにかんだ。
終
(※9/16 加筆修正済み)