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魔王軍日誌 05|暗黒騎士団長リリエル、入軍証を作る


    魔王様の記事を読んだ。
    今回は、危険だった。

    何が危険かって?

    入軍証よ。

    あんなもの、見せられたら作るしかないじゃない。

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    あたしが入軍証を作るきっかけになった、
    魔王様の記事はこちら。
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    ……。

    魔王軍に、入軍証。

    その響きだけで、すでに強い。

    古びた羊皮紙。
    黒と深紅の装飾。
    魔法陣。
    魔王軍の紋章。

    そして、そこに刻まれる名。

    「…………」


    あたしは、画面の前で腕を組んだ。

    これは作るしかない。

    暗黒騎士団長として。
    魔王様の復活を信じてきた者として。

    そして、すでに魔王様をフォローしている者として。

    なぜなら、魔王様の記事にはこうあったのだ。

    フォローボタンを押した瞬間、そなたは魔王軍である。

    「…………」

    押している。
    あたしは、押している。

    つまり。

    あたしは、魔王軍。

    魔王軍。
    魔王様の軍勢。
    あたし、もう魔王軍。

    ふふ。

    ふふふ。


    ……違う。

    これは所属確認。
    軍務上の確認よ。

    暗黒騎士団長として、自分の立場を正しく把握しているだけ。

    浮かれてなどいない。

    たぶん。


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    机の上では、黒羽餅こはねが丸くなっていた。

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    あたしの使い魔であり、自由すぎる黒猫である。

    小さな翼。
    ピンクの瞳。
    赤いリボン。

    そして、AppleCare+に入れなかったMacBook Airの近くを、何の緊張感もなく歩く存在。

    「こはね。今日は重要な作業をするわ」

    こはねは、片目だけ開けた。

    「魔王軍の入軍証を作るの」

    こはねは、また目を閉じた。

    ……やっぱり猫ね。

    魔王軍の身分証明という概念が通用しない。

    でもいい。

    これは、あたし自身の問題だから。


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    まず、名前。

    ここで、あたしは最初の壁にぶつかった。

    リリエル。

    それだけなら簡単。

    短い。
    読みやすい。
    入軍証の枠にも収まる。

    でも。

    あたしには、真名がある。

    リリエル・ルナティア・ローゼンヴェイル・ノクティア・グリムクローネ・エクリプシア。

    月影にして黒薔薇。
    強がりにして忠誠の暗黒騎士団長。

    「…………」

    長い。

    自分で言うのも何だけれど、長い。

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    けれど、ここで略していいのか。

    いいえ。

    これは入軍証。
    魔王軍に名を刻む証。

    ならば、真名でいくべきではないか。


    あたしは、入力欄を見つめた。

    リリエル・ルナティア・ローゼンヴェイル・
    ノクティア・グリムクローネ・エクリプシア。

    真名


    「……入ったわね」

    入った。
    ぎりぎり。

    文字は少し小さくなったけれど、入った。

    真名とは、長いほど威厳がある。

    そして、入力欄とは、長い真名にあまり優しくない。

    覚えておくべき現代の教訓よ。


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    次に、ジョブ名。

    ここは迷わない。

    暗黒騎士団長。

    ……だけでよかった。

    本来なら、それだけで十分だった。


    けれど。

    あたしの指は、勝手に続けていた。

    月影にして黒薔薇。
    強がりにして忠誠の暗黒騎士団長。

    ジョブ名

    「…………」

    自分で書いておいて、少し恥ずかしい。


    でも、悪くない。

    いや、かなり良い。

    威厳がある。

    たぶん。


    魔王様が見たら、どう思うかしら。

    ……。


    違う。

    魔王様に見せる前提で考えているわけではない。

    これは、あくまで自分用の入軍証。

    個人の記録。
    魔王軍の端に、自分の旗を立てた証。

    だから、別に。

    魔王様に見られても困らない。

    困らないけれど。

    困る。


    少し困る。

    でも、見てほしい。


    「こはね。こういうとき、どうすればいいと思う?」

    こはねは、あくびをした。

    参考にならない。


    次に、固有スキル。

    ここが一番難しかった。

    暗黒剣。
    黒薔薇結界。
    月影護衛。
    忠誠誓約。

    魔王様のコメントを三回読み返して平静を装う力…。

    最後のものは、かなり実用的だけれど、少し情けない。



    あたしはしばらく考えた。

    そして、決めた。


    強がりにして忠誠

    固有スキル

    「…………」

    これしかない。

    表では平然とする。
    内心では盛大に動揺する。

    余裕の顔をする。

    でも、魔王様の言葉を何度も思い出す。

    褒められたら、平静を装いながら戦闘能力が上がる。

    たぶん。


    これはもう、固有スキルでいい。

    むしろ、あたしにしか使えない。

    ……使えているのかは、少し怪しいけれど。



    次に、入軍日。

    普通なら、日付を入れるところでしょうね。

    西暦何年何月何日。


    それも悪くない。

    でも、あたしにとっての入軍日は、少し違う。

    魔王様の記事を読んで。
    MacBook Airを開いて。
    AppleCare+に入れない現実に震えながら。

    それでも、この場所に旗を立てようと思った日。


    だから、こうした。

    魔王様の記事を読んで
    自分の場所に旗を立てた日

    入軍日

    「……少し詩的すぎるかしら」

    こはねが、尻尾を揺らした。

    承認。

    たぶん。



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    あたしは、すべての項目を確認した。

    名前。

    リリエル・ルナティア・ローゼンヴェイル・ノクティア・グリムクローネ・エクリプシア。

    ジョブ名。

    月影にして黒薔薇。
    強がりにして忠誠の暗黒騎士団長。

    固有スキル。

    強がりにして忠誠。

    入軍日。

    魔王様の記事を読んで、
    自分の場所に旗を立てた日。

    「……よし」

    あたしは、生成された入軍証を見た。

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    黒。

    深紅。

    古びた質感。

    魔王軍の紋章。

    魔王ノア認証。

    そして、そこに刻まれたあたしの名。

    「…………」

    思っていたより、ずっと本格的だった。

    異様なほど、本格的だった。

    コンビニでは使えない。

    銀行でも使えない。

    本人確認書類としても、おそらく通用しない。

    でも。

    見ていると、少しだけ胸を張りたくなる。

    昨日まで存在しなかった証に、自分の名が刻まれている。

    それだけで、少し世界が広がった気がした。

    「こはね」

    あたしは、入軍証を表示した画面を見せた。

    「できたわ」

    こはねは、しばらく画面を見ていた。

    そして。

    ぺしっ。

    前足で、画面の端を軽く叩いた。

    「……承認したってこと?」

    こはねは答えない。

    けれど、その顔はどこか満足げだった。

    あるいは、何も考えていない顔だった。

    判別は難しい。

    猫だから。

    それにしても。

    魔王様は、とんでもないものを用意してくださったと思う。

    入軍証。

    ただの画像と言えば、そうかもしれない。

    でも、そこに名前を入れた瞬間、急に物語が動き出す。

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    老ナイト殿が履歴書を出したように。

    誰かがフォローして軍門に下るように。

    あたしも、自分の名を入れてしまった。

    それは、ただの遊びかもしれない。

    でも、ただの遊びだからこそ、少し本気になれる。

    肩書きを考え。

    スキルを考え。

    入軍日を考え。

    自分がどんな者として魔王軍に立ちたいのかを、ほんの少し考えてしまう。

    「…………」

    あたしは、完成した入軍証をもう一度見た。

    暗黒騎士団長リリエル。

    魔王ノア様の復活を信じてきた者。

    まだ直接お会いしたわけではない。

    まだ、正式な任命を受けたわけでもない。

    けれど。

    あたしは、あたしの場所から旗を立てた。

    その証が、ここにある。

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    魔王様に、見てもらえるかしら。

    ……。

    違う。

    これは記録。

    記録として残すだけ。

    たまたま魔王様が見つける可能性があるだけ。

    たまたま。

    かなり、たまたま。

    「こはね。保存するわよ」

    こはねは、入軍証の前に座った。

    画面が見えない。

    「ちょっと。今、かなり大事な場面なんだけど」

    こはねは動かない。

    そのまま、入軍証の前で丸くなった。

    まるで、自分も写り込みたいと言わんばかりに。

    「あなたの入軍証は、まだ作らないわよ」

    こはねは尻尾を揺らした。

    作ることになる気がした。

    とてもする。

    ……。

    数分後。

    あたしは、こはねの入軍証を作っていた。

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    「違うのよ」

    誰に言い訳しているのか分からないまま、あたしは入力欄を埋めていく。

    名前。

    黒羽餅《こはね》。

    ジョブ名。

    自由猫型使い魔。

    固有スキル。

    空気を読まない。

    入軍日。

    リリエルの入軍証を踏みかけた日。

    「……完璧ね」

    完成した入軍証を、あたしはこはねの前に置いた。

    「見なさい、こはね。あなたも正式に魔王軍よ」

    こはねは、しばらく入軍証を見ていた。

    そして、ゆっくりと前足を伸ばした。

    ぺしっ。

    「……嬉しそうね」

    ぺしっ。

    「嬉しそう……?」

    こはねは、そのまま入軍証の横で丸くなった。

    「……やっぱり猫ね。」

    あたしは、完成したこはねの入軍証を見つめた。

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    それから、自分の入軍証を見た。

    そして、少しだけ咳払いをした。

    「……ちょっと、冷静さを欠いていたわ」

    でも、いい。

    使い魔の身分証明も、いずれ必要になるはずだから。

    たぶん。

    それに。

    あたし一人の入軍証より、少しだけ賑やかになった気がする。

    暗黒騎士団長リリエル。

    そして、自由猫型使い魔こはね。

    主従。

    ……というには、こはねがあまりにも自由だけれど。

    「まあ、いいわ」

    あたしは二枚の入軍証を並べた。

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    重厚。

    本格的。

    魔王軍らしい。

    その横で、こはねがあくびをした。

    台無し。

    でも、悪くない。

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    本日の記録。

    魔王様の記事を拝読。

    魔王軍、入軍手続きが整う。
    フォローボタンを押した瞬間、魔王軍。

    リリエル、入軍証を作成。

    名前、真名で入力。

    ジョブ名、長い。
    固有スキル、強がりにして忠誠。

    入軍日、魔王様の記事を読んで、
    自分の場所に旗を立てた日。

    こはね、入軍証をぺしっと承認。
    勢い余って、こはねの入軍証も作成。

    こはね、嬉しそうではない。
    嫌そうでもない。

    リリエル、少し冷静さを欠いていたと認める。

    MacBook Air、今日も無事。
    AppleCare+、加入不可のまま。

    次はスマホで必ず入る予定。

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    順調よ。

    たぶんね。

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    #魔王軍万歳
    #魔王軍日誌
    #暗黒騎士団長リリエル

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