
魔王軍日誌 03|入軍希望者と民間広報が現れたので、暗黒騎士団長は暫定組織図を作った

魔王様の記事を読んだ。
今回の記事はこちら。
……。
まず、言わせて。
魔王様。
スキ40で照れている場合ではありません。
いえ、照れている魔王様も、それはそれで――
(可愛い。)
……違う。
今のは違う。
暗黒騎士団長としての冷静な観察よ。
現代の人間たちが、魔王様の記事にスキを押し、コメントを残し、フォローまでしている。
1000年前なら、魔王様の名を聞いただけで震えていたはずの人間たちが。
今は、
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そして、
「魔王軍万歳!!」
……展開が早い。
魔王軍の募集要項もない。
入軍試験もない。
福利厚生もない。
年間休日も、おそらく不明。
魔王城もまだない。
なのに。
入軍希望者が現れた。
あたしは、執務室の椅子に深く座り直した。
「……これは、魔王軍として由々しき事態ね」
机の上には、MacBook Air。
その横には、羽ペン。
そして、書類の上には黒羽餅。
……。
なぜ、書類の上にいるの。
「こはね。どいて」
こはねは動かない。
猫には、組織運営という概念が通用しない。
仕方なく、あたしは新しい書類を開いた。
表題。
魔王軍・暫定組織図。
……。
暫定。
ものすごく暫定。
なにしろ、魔王様ご本人がまだnoteを楽しみ始めたばかりである。
それなのに、人間側から先に入軍希望者と民間広報が発生している。
人事部がないのに履歴書が来る。
広報部がないのに広報が動く。
魔王城がないのに軍勢が増える。
現代の魔王軍、あまりにも展開が速い。
まず、老ナイト殿。
記事はこちら。
魔王様の記事で「入軍希望者が現れた」と書かれたことを受けて、自主的に履歴書を提出する。
この判断力。
この行動力。
この、求人票がないなら履歴書を出せばいいという突破力。
……嫌いじゃないわ。
むしろ、魔王軍向きかもしれない。
野球で鍛えた体力。
ゲームで培った作戦会議。
理不尽への耐性。
夜中の歌唱力。
そして怒られる能力。
最後の二つは、配属先を慎重に考える必要があるけれど。
(魔王様の前で夜中に歌ったら、どうなるのかしら。)
いや、
考えるのはやめておきましょう。
魔王軍には、まだ防音室もない。
次に、アルフレッド殿。
記事はこちら。
こちらは、民間広報。
あるいは、噂を運ぶ者。
あるいは、元勇者っぽい気配を漂わせながら、なぜか討伐ではなく宣伝に回っている危険人物。
……危険人物?
いい意味でよ。
たぶん。
魔王様の復活を、現代の噂として広げていく。
それは、剣でも魔法でもない。
けれど、今の時代では十分に力になる。
誰かが書く。
誰かが読む。
誰かが広める。
それだけで、魔王様の存在が遠くまで届いていく。
1000年前なら、使者が馬で走り、途中で山賊に襲われ、川で止まり、三週間後にようやく隣国へ届いた知らせが。
今は、記事ひとつで広がっていく。
……現代、恐ろしいわね。
魔剣より、通知欄のほうが速い。
老ナイト殿は、自ら履歴書を出した。
アルフレッド殿は、自ら噂を広げた。
二人とも、魔王様へ向けて、それぞれの形でまっすぐに手を伸ばしている。
その行動力。
その距離の詰め方。
その、迷いのなさ。
あたしには、まだ少し眩しい。
「……あたしだって、暗黒騎士団長なのに」
ぽつりと、声が漏れた。
あたしは、魔王様の復活をずっと信じてきた。
文献を読み、戦記を追い、いつかその前に立てるように鍛えてきた。
城も築いた。
肩書きも得た。
真名だって、ちゃんと長い。
なのに。
いざ魔王様がこの時代に戻ってきたと知ったら。
記事を読むだけで胸が騒いで。
コメントひとつ送るにも、指が止まって。
近づきたいのに。
役に立ちたいのに。
「魔王様、あたしもここにいます」って言いたいのに。
恥ずかしくて、そんな簡単にはできない。
(だって、読まれるのよ。魔王様に。あたしの言葉が。)

……無理。
いや、無理ではない。
暗黒騎士団長に不可能はない。
ただ、少し。
準備が必要なだけ。
呼吸とか。
文章とか。
心臓とか。
全部の準備が。
老ナイト殿。
アルフレッド殿。
あなたたちの行動力、見事よ。
あたしは今、少しだけ悔しくて。
少しだけ焦っていて。
そして、かなり励まされている。
いつか…
あたしも、ちゃんと魔王様へ言葉を届ける。
ただ憧れているだけではなく。
ただ遠くから見ているだけでもなく。
暗黒騎士団長リリエルとして。
月影にして黒薔薇。
強がりにして忠誠の暗黒騎士団長として。
「ノア様。あたしも、あなたの軍勢に加わるためにここにいます」
……って。
いや。
今じゃない。
今のは下書き。
完全に下書き。
送信していないから有効ではない。
でも。
いずれは。
必ず。

それにしても、
老ナイト殿は、入軍希望。
アルフレッド殿は、民間広報。
魔王様は、スキとコメントとフォローに戸惑いながら、普通にnoteを楽しみ始めている。
そして、フォロー制限という謎の結界に阻まれている。
「フォロバ100は嘘ではない」
魔王様は、そう書いていた。
あたしはその一文を、三回読んだ。
律儀。
魔王様、律儀。
(好き。)
……違う。
今のは、軍務上の評価。
暗黒騎士団長として、主君の律儀さを確認しただけ。
たぶん。
あたしは組織図に書き込んだ。
魔王ノア様。
入軍希望者、老ナイト殿。
民間広報、アルフレッド殿。
そして。
暗黒騎士団長リリエル。
月影にして黒薔薇。
強がりにして忠誠の暗黒騎士団長。
……まだ、四行。
けれど、確かに軍勢の形をしている。
自分で書くと、少し照れるわね。
でも必要なことよ。
組織図には肩書きが必要なの。
その瞬間
こはねが前足を伸ばした。
ぺしっ。
画面に、謎の文字が追加された。
「jjjjjjj」
「……こはね」
あたしは静かに言った。
「あなたの所属は、まだ決めていないわ」
くろもちは、何も分かっていない顔でこちらを見た。
いや。
もしかすると、分かっていてやっているのかもしれない。
猫は、魔王という概念も、組織図という概念も、だいたい踏む。
仕方ないので、組織図の端に書いた。
使い魔:こはね
職務:自由
権限:不明
危険度:MacBook Air周辺では高
AppleCare未加入のため、厳重警戒。
……完璧ね。
魔王様の記事を読んで、少し思った。
魔王軍は、まだ整っていない。
城もない。
部署もない。
人事もない。
広報だけ先にいる。
入軍希望者もいる。
暗黒騎士団長は、勝手に組織図を作っている。
そして魔王様は、noteの通知欄を見て照れている。
でも、
それが、少し面白い。
最初から完璧な軍勢ではない。
誰かの一言から始まって。
誰かの記事で広がって。
誰かのスキで少し浮かれて。
誰かのコメントで笑って。
気づけば、魔王軍らしきものが少しずつ形になっていく。
1000年前の軍勢とは違う。
剣と旗だけではなく、記事とコメントとリンクでつながる魔王軍。

現代の戦場は、どうやらなかなか厄介で。
そして、かなり面白い。
あたしは、あたしの場所から記録していく。
魔王様の記事を読んで、思いを馳せる。
老ナイト殿のような入軍希望者に驚く。
アルフレッド殿のような広報の動きに目を細める。
そして、こはねに邪魔されながら、今日もMacBook Airを守る。
「こはね。そこ、どいて」
こはねは、組織図の上で丸くなった。
……。
魔王軍暫定組織図。
本日、使い魔に占拠される。


本日の記録。
魔王様、noteを普通に楽しみ始める。
スキ40。
入軍希望者、現る。
民間広報、動き出す。
フォロー制限という結界、確認。
フォロバ100、魔王様は律儀。
老ナイト殿、行動力がすごい。
アルフレッド殿、広げ方がうまい。
リリエル、少し焦る。
でも、いずれは。
リリエル、暫定組織図を作成。
くろもち、組織図を占拠。
MacBook Air、今日も無事。
AppleCare、未加入のまま。
順調よ。
たぶんね。

