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魔王軍日誌 01|暗黒騎士団長リリエル、noteを始める

    ※この記事は、魔王ノア様の初投稿を読んだ、暗黒騎士団長リリエル(あたし)の記録よ。

    先にノア様の記事を読んでおくといいわ。
    あたしが震えていたわけじゃなくて、時代と魔力がちょっと揺れていただけだって、分かるはずだから。

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    魔王様が復活した。

    その噂を聞いたとき、あたしは玉座から立ち上がった。

    いいえ。

    正確には、立ち上がろうとして、膝を机にぶつけた。

    「……っ」

    暗黒騎士団長ともあろう者が、城の執務机に敗北した。

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    だが仕方ない。

    千年待った名が、風に乗って届いたのだから。

    魔王ノア様。

    かつて七つの王国を征服し、勇者たちを退け、古龍すら跪かせた漆黒の魔王。

    あたしが生まれたとき、魔王様はすでに封印されていた。

    だから、あたしはその背中を知らない。
    声も知らない。
    歩き方も、剣を握る手も、玉座に座る姿も。

    何ひとつ、この目で見たことはない。

    けれど。

    古い文献には、何度もその名が刻まれていた。

    煤けた羊皮紙。
    崩れかけた石碑。
    禁書庫の奥で、鎖に繋がれた戦記。

    そこに記されていた魔王様は、いつも圧倒的だった。

    強く、美しく、恐ろしく、誰にも屈しない。

    あたしは、その名を読むたびに思った。

    いつか必ず、この方は戻ってくる。

    そのとき、ただ憧れているだけの小娘ではいられない。

    魔王様の前に立っても恥じない騎士でなければならない。

    だから、剣を振った。
    盾を構えた。
    戦場に立った。
    城も築いた。

    暗黒騎士団長リリエル。

    そう呼ばれるようになるまで、何度も血を流した。

    全部、いつか来るその日のためだった。

    魔王様が戻られたとき、胸を張って名乗れるように。

    そして今日。

    その日が来た。

    あたしは震える指で、机の上のパソコンを開いた。

    別に、現代の道具に疎いわけじゃない。

    この時代を生きてきたのだ。

    パソコンくらい使える。
    検索もできる。
    買い物もできる。

    たまに更新通知が多すぎて全部閉じたくなるけど、それは誰でもそうでしょ。

    問題は、そこではないの…

    「魔王ノア……note……」

    検索欄に打ち込む。

    note。

    名前は知っていた。

    人間たちが文章を書き、考えを語り、日々の出来事を世界に放つ場所。

    もちろん、存在は知っていた。

    知っていただけ。

    あたしは、やっていなかった。

    書く必要がなかったから。

    あたしの言葉は、命令書と作戦指示書と、たまに黒羽餅こはねの餌の注文履歴くらいで足りていた。

    そのはずだった。

    けれど。

    魔王様が、noteを始めたらしい。

    「……魔王様が」

    声に出した瞬間、胸の奥が熱くなった。

    世界征服ではなく。

    開戦の狼煙でもなく。

    note。

    現代の戦場に、魔王様が一歩を刻んだ。

    ならば。

    暗黒騎士団長であるあたしが、黙って見ているわけにはいかない。

    検索結果に、それらしき記事が表示された。

    あたしは姿勢を正した。

    誰も見ていない執務室で、鎧の襟元を直した。

    「……失礼します、魔王様」

    画面の向こうの記事に、そう呟く。

    まだ会ったこともない。
    声をかけられたわけでもない。

    それでも、あたしにとっては謁見に近かった。

    クリックする。

    記事が開く。

    そこにあったのは、あたしが文献で読んだ漆黒の魔王と、確かに同じ名だった。

    そして同時に。

    MacBook。

    プロフィール画像。

    丸いアイコン。

    フォロバ100%。

    「…………」

    あたしは、ゆっくりと口元を押さえた。

    笑ってはいけない。

    これは魔王様の偉大なる初投稿。

    笑ってはいけない。

    けれど。

    角が少し切れた、という一文で、あたしの肩が小さく震えた。

    かわ……いえ、違う。

    威厳。

    これは威厳の話。

    それから、もう一度記事を読み返して、あたしはある言葉で目を止めた。

    MacBook。

    「……同じだわ」

    思わず、自分の机の上を見た。

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    そこには、普段使っているMacBook Airが置かれている。

    薄くて、軽くて、起動も速い。

    執務報告も、資料整理も、こはねの餌の注文も、だいたいこれで済ませている。

    魔王様も、MacBookを。

    同じ現代の魔導板を。

    同じものを使ってる……!

    胸の奥が、妙にそわそわした。

    もちろん、記事に書かれていた金額を見るかぎり、ノア様のものはきっと、あたしのMacBook Airよりずっと上位の機体なのだろう。

    それに、AppleCare+にも加入済み。

    あたしは画面から少し目をそらした。

    「……あたしのはAirだけど。AppleCareにも入ってないけど」

    急に、自分のMacBook Airが少しだけ無防備に見えた。

    いけない。

    これも暗黒騎士団長の重要装備である。

    あたしはそっと本体の上に手を置いた。

    「今日からあなたも、魔王軍準備装備第一号よ」

    その瞬間、こはねが机の端からぬるりと現れた。

    そして、何のためらいもなくキーボードの上を横切った。

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    「ちょっと待ちなさい」

    足跡はついていない。

    画面も割れていない。

    でも、心臓には悪い。

    「あなた、分かってる? これ、AppleCare入ってないの」

    こはねは振り返った。

    ピンクの瞳で、じっとこちらを見る。

    そして、前足でトラックパッドをぺしっと踏んだ。

    画面が別のページに切り替わった。

    「やめて。保証に入ってないの」

    猫には、保証という概念も通用しない。

    千年前の伝説は、恐ろしいほど遠かった。

    でも、この記事の魔王様は、少しだけ近かった。

    知らない時代に目覚めて。
    知らない道具を手にして。
    知らない場所で、最初の一文字を打っている。

    圧倒的な力を持つ方が、それでも新しいものの前で迷い、調べ、悩み、最後には公開ボタンを押した。

    そのことが、なぜか胸に刺さった。

    あたしはずっと、魔王様に追いつくために頑張ってきた。

    強くなって。
    城を持って。
    騎士団長になって。

    いつか復活されるその日を、恥じずに迎えるために。

    でも。

    もしかしたら、まだ足りないのかもしれない。

    魔王様はもう、新しい戦場に立っている。

    なら、あたしも行かなきゃ。

    「……note、始めるわ」

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    声に出した。

    その瞬間、机の下で寝ていたこはねが顔を上げた。

    黒い翼を少しだけ揺らし、ピンクの瞳であたしを見る。

    「なによ。その顔」

    こはねは、あくびをした。

    完全に分かっていない。

    猫には、魔王軍の重大決定という概念が通用しない。

    あたしは新規登録の画面を開いた。

    メールアドレス。

    パスワード。

    ユーザー名。

    ここまでは問題ない。

    問題は、プロフィール文だった。

    「暗黒騎士団長リリエル。魔王ノア様の復活を信じ、剣を取り、城を築き、千年の時を越え――」

    長い。

    消す。

    「魔王様を追ってnoteに来ました」

    重い。

    消す。

    「はじめまして♡」

    軽い。

    消す。

    「魔王軍です」

    広すぎる。

    消す。

    あたしは椅子にもたれた。

    ノア様も、こんなふうに悩んだのだろうか。

    そう思った瞬間、なぜか少しだけ嬉しくなった。

    同じところで悩んでる。

    もしかして今、同じ戦場にいる?

    もちろん、調子に乗ってはいけない。

    まだ、魔王様とは会っていない。
    名前を呼ばれたこともない。
    あたしの存在を知っているかどうかも分からない。

    それでも。

    いつか、この記事が届くかもしれない。

    いつか、あたしの名が魔王様の目に留まるかもしれない。

    そのときに、胸を張って言えるように。

    あたしは、最初の一文を打った。

    ――暗黒騎士団長リリエルです。

    少し硬い。

    でも、悪くない。

    そこから先は、ゆっくり書けばいい。

    伝説の魔王様が、最初の一記事を公開したように。

    あたしも、ここから始めればいい。

    世界征服まで、あと約80億人。

    魔王様の記事には、そう書かれていた。

    なら、あたしの最初の任務は決まっている。

    魔王様の軍勢が、この時代で少しでも広がるように。

    あたしも、ここに旗を立てる。

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    まだ見ぬ魔王様へ。

    あなたの復活を、ずっと信じていました。

    ……なんて、本人の前では絶対に言わないけど。

    言えない。

    無理。

    たぶん鎧ごと蒸発する。

    あたしは公開ボタンを見つめた。

    押すだけ。

    本当に、押すだけ。

    なのに、少し怖い。

    人間に読まれるかもしれない。
    魔族に見つかるかもしれない。
    そして何より、いつか魔王様に読まれるかもしれない。

    「……上等じゃない」

    あたしは笑った。

    小悪魔らしく。

    騎士団長らしく。

    そして、少しだけ震える指で、公開を押した。

    その直後。

    くろもちが、再びキーボードの上を歩いた。

    画面に、謎の文字列が追加される。

    「ちょっと! 今、余韻の時間だったんだけど!」

    くろもちは振り返らない。

    そのまま、ノア様の記事が開かれた画面の横で丸くなった。

    まるで、そこが当然の寝床だと言わんばかりに。

    あたしはため息をつき、それから小さく笑った。

    魔王様。

    この時代は、たぶん厄介です。

    丸いアイコンもあります。

    フォロワーという軍勢もあります。

    AppleCareに入っていないMacBook Airを守りながら戦う暗黒騎士団長もいます。

    猫は、相変わらず魔王を恐れません。

    でも。

    あたしも、ここにいます。

    まだお会いしたことはありませんが。

    いつか必ず、あなたの前に立ちます。

    そのときまでに。

    このnoteという戦場で、少しはまともに戦える暗黒騎士団長になっておきます。

    だから、見ていてください。

    ……いえ。

    やっぱり、まだ見ないでください。

    もう少し整えてからでお願いします。

    見てほしい。
    でも今は無理。
    いや、見てほしい。
    無理。

    助けて。

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    本日の戦果。

    魔王様の復活を確認。

    魔王様のnote初投稿を拝読。

    リリエル、note登録。

    使用端末、MacBook Air。

    AppleCare、未加入。

    プロフィール文、やや迷走。

    こはね、キーボードを二度占拠。

    魔王様との面会、まだなし。

    暗黒騎士団長の第一歩、どうにか完了。

    順調よ。

    たぶんね。

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    #魔王軍万歳
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