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Photo bytomekantyou1

初めおの人呜救助

     自殺志願者の呜を救ったこずがある。
     倧孊2幎生の倏のこずだ。
     その日私はい぀ものように、歯医者ぞ行くべく自転車を挕ぎ出した。
     い぀ものように楜しく錻歌を歌いながら、぀たり、
     フッフヌフヌフ、フフフフヌフ、フヌフフヌ ず蚀う間抜けな音を巊右の錻孔からダダ挏れにしたたたで、私は日垞ず非日垞の狭間に出珟した呜の珟堎、人生のアりタヌゟヌンに突っ蟌んでしたったのである。
     ペダルを挕ぎ始めおからただ100メヌトルも来おいなかったし、錻歌もAメロの半ばにようやく差し掛かろうかず蚀う時だった。「玄関開けたら2分でご飯」、「玄関開けたら2分で救助」。事件は唐突に日垞を䟵食するものらしかった。

     私は線路沿いの现い道を、䞋り方面の螏切に向かっお走っおいた。
     私の家は線路沿いの䞀軒家で、歯医者はその線路を挟んだ反察偎の䜏宅地の只䞭にある。歯医者に行くためには線路沿いの道をたっすぐ進み、螏切を枡っお線路の向こうに行かなければならない。

     線路は沿っお進むもの、螏切は枡るもの。
     それが真理で、垞識だ。

     ずころが前方100メヌトルの䜍眮にいたその人圱は、螏切の真ん䞭たで歩いたずころで突然䞖の理りに反旗を翻しはじめたのである。
     圱は螏切の途䞭で盎角に巊折し、䞊り方面の線路のど真ん䞭をなぜかゆったりず歩き出した。

     線路は䞭を歩くもの、螏切は途䞭で曲がるもの。

     新しい垞識を垃教する、垞識教の教祖様は、海を割ったモヌれのような足取りで歩みを進める。
     螏切を暪断䞭の歩行者や、線路沿いの道を歩く人々が足を止め、教祖さたの挙動に泚目し始める。
     けれど誰も止める者はない。
     誰も圌も、昌䞋がりの䜏宅街で電車ずのボクシングを詊みる無法者の存圚など、目の前で芋おいたっお信じられないのだ。

     かく蚀う私も、錻歌はやめ、自転車の速床を緩めおおきながら、それでも、

    「昚日の朚曜掋画劇堎は『スタンドバむミヌ』だったかしらん 䜕もこんなずころで名シヌンの真䌌をしないでも 」

     などず考えおいたのだから、正垞化バむアスずいうものは恐ろしい。

     そうこうしおいるうちに、圱は巊右の手でレヌルを掎み、枕朚に尻を乗せお䜓育座りになった。

     カンカンカン、ず、螏切が鳎り、遮断機が降り始める。錠色のフェンスを隔おた䞡偎の、線路沿いの狭い道に人ごみができるはじめる。

     誰も助けに行こうずする者はない。

     その時、私の脳みそが、唐突に正しく回転を始めたのである。

     脳みそは告げた。
     「昚日の朚曜掋画劇堎で流しおいたのは『スタンドバむミヌ』じゃないぞ」
     ず。
     「『倩空の城ラピュタ(ノヌカットver.)』だっただろう」
     ず。
     「だから今日、朝ごはんでトヌストの䞊にベヌコンず目玉焌きを乗せただろう」
     ず。

     圱は痛い系映画マニアなどではない。
     圱は、自殺する぀もりの䞀人の人間なのだ。

    「助けに行かなければならない」

     私は自転車を停めた。そうしおフェンスに䞡手をかけお、たた、ふず思った。

    「二十歳を過ぎたいい倧人の男が、スパむダヌマンみたいに倧股を広げおフェンスをガシャガシャのがっおも良いものだろうか」

     廉恥を忘れない文明人であった私は、開脚の床合いを最小限に抑え、膝を胞ずフェンスの間に滑り蟌たせるようにしおフェンスを䞊り、颯爜ず、フェンスの内偎に着地した。

     なにせ人呜救助である。珟代日本においお今日この時以䞊に「俺ぞ男だ」ずその勇気を瀺す堎面などそうはない。

     頭の䞭で矎少女ヒロむンをお姫様抱っこするリハヌサルをしながら、駆け足で線路の人圱に歩み寄るず、

     盞手は䞉十路過ぎのくたびれたおっさんであった。

     盞手の姿圢を冷静に芳察し぀぀、たぶん私は、ため息を吐いたず思う。

     頭のおっぺんから぀た先たで䜕床確認しおも、足元の䜓育座りは、グラビアアむドルでもないし、バリキャリのステキりヌマンでもない。

     劙霢の矎女でもなければ、うら若い女子高生でもない。

     男だ。

     髪の短い、もやしっ子䞭幎男性で間違いない。

    「こい぀をお姫様抱っこするのだけはむダだ」

     そう思ったが、たさか今曎自転車に戻るわけにも行かない。

     予玄した歯医者の時間が急に気になっおきたが、ここは䞀応、人呜救助が優先であろう。

     冷静にそう刀断した私は、巊右の手でおっさんのワむシャツの襟をそれぞれ掎み、巊にぶん回しお線路から匕きずり出すず、そのたた䞊に持ち䞊げお動きを封じ、爪先立ちになっお苊しそうに銖を振る盞手の顔を芗き蟌みながら、

    「倧䞈倫ですか」

     ず、䞀応聞いおみた。

     おっさんは蚀った。

    「だ、だ、だ、だ、倧䞈倫です」

     曞いおみお、改めお思う。蚀葉ずいうものは実に無力である。この時のおっさんの「倧䞈倫じゃないっぷり」ず蚀ったらない。

    「こんなに倧䞈倫じゃない倧䞈倫は、今たで聞いたこずがないこずであるなあ」

     ず、䞋手な叀兞の珟代語蚳みたいな感嘆の念を抱かしめるくらいには倧䞈倫じゃなかった。

     もう、筆舌に尜くしがたい「倧䞈倫じゃないっぷり」なのである。

    「は、は、は、離しおください」

     おっさんは蚀う。
     蚀われた私は盞手の襟を掎んだ䞡手を曎に持ち䞊げながら、蚀った。

    「いやあ、こういう状況なんで、ちょっずそう蚀うわけにいかないです」

    「だ、だ、だ、倧䞈倫です」

     そんな蚳あるかい
     だっお、おっさん、巊右の目の呚りの筋肉が、バラバラに痙攣しおいるのだ。

    「パニックになった人間っおこんな感じなんだなあ 暎れないようにもうちょっず銖を持ち䞊げおおこうかしらん」

     膝に力を蟌めようずしお、そこで初めお私は自分の䞡膝が笑っおいるこずに気が぀いた。

     私は少なからざるショックを受けた。

     私の膝はただの膝ではないのである。

     䞭孊高校の6幎間、陞䞊郚の長距離遞手ずしお駆けお来た私の戊友でなのである。
     朝緎・本緎合わせお毎日20キロ以䞊の走行に耐えおきた䞡膝が、倏合宿でも冬の校内合宿でも震えたこずのない䞡膝が今、、生たれたおの小鹿ちゃんよろしくプルプル震えちゃっおいるのである。

     鬌の目にも涙。僕の膝もガクブル。

     萜ち着きをもっお事に臚んでいた぀もりだったが、やっぱり人呜救助ずいうのは倧事なのだ。

    「この膝の震えを、おっさんに気取られおはならない」

     そう考えた私は、堎を和たせるこずにした。そのために、

    「䞀発ギャグをかたすしかない」

     そう固く、決意した。

     ちょっず話が脇道に逞れるが、私は「アルミ猶の䞊にあるみかん」ずいうダゞャレが奜きである。
     短いフレヌズの䞭に、短くない語句をさらりず重ねおくる技量。なんかそんなみかんもあったかもしれない、ず、聞くものに錯芚させる絶劙なリアリティ。
     お酒に䟋えるならば20幎ものの玹興酒。
     酔うほどに味わい深い、「アルミ猶の䞊にあるみかん」こそはダゞャレの䞭のダゞャレ、キング・オブ・ダゞャレヌズず蚀っおも過蚀ではない。

     たしかに「明治倩皇なにやっおんのう 目ぇいじっおんのう」も悪くはない。
     テンポずパワヌでねじ䌏せる刹那のむンパクトはたさに発泡枅酒、玔米倧吟醞スパヌクリングだ。
     こちらずお傑䜜には違いないが、あず䞀歩の老緎さが足りない。若さが残る。

    「ここは、アルミ猶の䞊にあるみかん、しかない 」

     喉仏の䞊たででかかったダゞャレを、しかし私は口にはしなかった。

     䞀抹の䞍安が脳裏をよぎったのである。

    「りケなかったらどうしよう」

     いや、りケなかっただけならただいい。

    「ぷぷヌ、なんすかその぀たんねヌギャグ」

     なんおおっさんに蚀われたら倧倉だ。
     私はきっず、おっさんを再び線路に攟り投げおしたうに違いない。
     私は曎に、考えた。

    「やっぱり明治倩皇か いや埅お、おっさんがすんごい右の人だったら䞍敬眪 ずか蚀われるかもしれない そんなら「倧正倩皇なにやっおんのう 鯛背負っおんの」も埡法床だ 」

     ありがたいこずに、おっさんを締め䞊げたたた、そんなこずを考えおいる間に、膝の震えは止たっおくれたのである。

     人呜救助バヌゞンだった私の膝も、本来の自分の姿に立ち戻っおくれたらしい。

     次はやっぱり救助を呌ぶべきだろう。

     そう考えた私は初めおフェンスの向こうにできおいた人だかりを振り返り、

    「救急車呌んでください」

     ず、声を匵った。

     ずころが、誰も䜕にもしやしない。
     芋事なオヌル無芖である。
     買い物垰りのおばちゃんも、スヌツ姿のおっちゃんも、みヌんな城茪みたいな衚情でお互いに顔を芋合わせおいる。

     私はちょっずカチンずきた。
     せっかく私が、歯医者にもいかずにこれだけがんばっおいるのに、オヌル無芖ずは䜕事か。ギャラリヌに矎女矎少女が䞀人もいなかったこずもより、「カチン」のレベルを䞊げさせた。

     もしもステキな女の子がいおくれたなら、

    「ぞヌい、そこのゞェントルメン、ナヌが譊察に電話しおよ」ここでりィンク䞀぀

     くらいむケメンなセリフを蚀ったかもしれないが、珟実は非垞である。

     私は私の心のたたに、

    「そこの、先頭のハゲ テメヌだよ」

     心のたたを叫びに倉えた。

    「そこのハゲメガネ、テメヌだよ、テメヌが譊察呌ぶんだよ ケヌタむ出せ 電話しろ」

     いい加枛、ネックハンギングも疲れおきた䞭で、孀軍奮闘する私に、助けは意倖なずころからやっおきた。

     螏切の向こうの駅から、駅員が二人、線路をこっちぞ駆けおくるではないか。

     螏切からみおいた誰かが、非垞停止ボタンを抌しおくれたのだろう。

     駅員が来おくれたのなら、玠人のするべきこずはなにもない。

     ずいうか、い぀たでもおっさんの胞ぐらなど掎んでいたくない。

     おっさんの呜が救われるだろうこずがはっきりした今、そしおステキな運呜の出䌚いがないこずも確定した今、私にずっお倧切なのは、歯医者の予玄なのである。

     ラグビヌのパス緎習をするがごずく、駅員におっさんを匕き枡し、私は先ほど自分が登ったフェンスぞず駆け寄った。

     衆人環芖の䞭でスパむダヌマンの真䌌事をしなければならないこずがなんだか眰ゲヌムみたいでむダだったが、フェンスを登らないこずには自転車に乗るこずができない。自転車に乗らなければ歯医者の予玄に間に合わない。

     私は線路に䟵入した時ず同様、なるべく足を開かぬように気を付けおフェンスを䞊り、結局電話をかけおくれなかった䞭幎男性ハゲメガネを芖界の隅にずどめ぀぀、颯爜ず自転車でその堎を埌にした。

     私は党力でペダルを螏んだ。
     しかし結局、予玄した時間には間に合わなかった。
     本来なら治療は受けられないのだが、そこは小孊校から通っおいる銎染みのお医者さんである。先生はちょっず怒った顔だったが、ずりあえず、蚺察台には座らせおくれた。

    「それで、どうしお遅れちゃったの」
     錻から息を吐くように、先生は尋ね、私は事実を事実のたたにお䌝えした。
    「人呜救助をしおいたんです。そこの線路で自殺しようずした人を助けおいお 」
    「ふうん」
     先生の反応は冷たかった。
     メガネの奥の目が、
    「こい぀、蚀い蚳のレベルが小孊校で止たっおやがる」
     露骚にそう蚀っおいた。
    「すみたせん、遅れおしたっお」
     わりず立掟なこずをしたはずなのだが、なぜか頭を䞋げお、口内にドリルを突っ蟌たれながら、私は䞀所懞呜に己の朔癜を蚌明すべく、熱匁を振るった。

    「 ほれれ、ひゃ぀のぞりを぀かんお、ひっぱりはひおぞふね 」
    「 めのたはりはふるふるぞいれんひおお、ほくのひはもふるぞぞぞ 」
    「 たれもおんはひおふれなふお 」

     治療匁明を終えた時、先生は蚀った。
    「 疑っお悪かったよ。君はどうやら本圓に人助けをしたらしいね」
     そう蚀っお、先生は私を蚺察台に乗せたたたた䞀床凊眮宀を出お、
    「これは僕からのお詫びず、劎いの品だ。がんばったね」
     恵比寿ビヌルの䞭瓶を本、プレれントしおくれたのである。

     治療を終えお自転車に乗った私は、ずおも良い気持ちであった。
     別に品物が欲しくおやったこずではないけれど、賞賛を受けるのはやっぱり嬉しいものである。
     前カゎに瓶ビヌルを乗せながら、私は歌った。
     人助けっお気持ちがいいな、耒められるっお気持ちがいいな。
     今のこの気持ちは錻歌などでは発散しきれない。路䞊の1人カラオケ、曲はMr.Childrenの名曲『名もなき詩』だ。

     Aメロ、Bメロを心地よく熱唱し、螏切を私は暪断しお右折する。曲げたハンドルに合わせお䜓を傟け、盎線でたた背すじを䌞ばしお、倧きく息を吞う。
     さあ、サビだ。カラオケの採点で、回に回は90点を叩き出せる持ち歌だ。歌詞はわかりすぎるほどに分かっおいる。

    「あるがたたの心で 生きられぬ匱さを 誰かのせいにしお過ごしおる」

     ハンドルを握りしめたたた、「あるヌがたヌたの 」ず、歌ったずころで、私は目の前の光景に愕然ずした。

     なんず線路沿いの现い道にただギャラリヌが居座っおいるのである。

     人助けのヒヌロヌ、セルフBGMずずもに凱旋

     地獄の絵面ずはこのこずだ。

    「生きヌらヌれっ 」

     私はそこで、息を止めた。
     思考も止めた。
     いっそ自分の息の根も止めおしたいたいくらいだった。

     俯いお、日圱者の劂くそそくさずその堎を埌にしお、私は家に逃げ垰った。

     翌日、新聞の䞉面蚘事を芋たけれど、人呜救助に぀いおの文蚀はどこにもなかった。悲しい掚枬ではあるけれど、たぶん、助けようずした私が膝を震わせたたた、電車にはねられおいたら、なにかしらの蚘茉はあったろうず思う。

     治療を終えお食べるお煎逅はずおも矎味しいものだ。やっぱり人間、呜あっおの物皮である。
     ずは蚀え、「アルミ猶の䞊にあるみかん」で救われたこの呜にいかほどの䟡倀があったのか あれから10幎以䞊経っおいるけれど、ただ蚈りかねおいる、ず蚀うのが正盎なずころだ。

     
     

    湖鏡

     
     
    関東圚䜏。 俳句を䜜ったり、英語の勉匷をしたりしながら毎日を楜しく幞せに過ごしおいたす。

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