
20代で始めたサルサが、50歳の今も続いている。仕事では出会えなかった世界の話
20代後半から始めたサルサダンス。
気づけば、もう20年以上続けている。
仕事も変わった。
立場も変わった。
住む場所も変わった。
海外で暮らしたこともあった。
でも、踊ることはずっと残った。
50歳になった今、思う。
仕事以外に20年以上続いているものがあるって、
けっこう幸せなことなのかもしれない。
きっかけは、会社の同僚だった
サルサを始めたきっかけは、意外と単純だった。
同じ会社の同僚が、
「一人でサルサのレッスンに行くのは、ちょっと気が引ける」
というので、一緒に参加した。
私自身、「サルサをやってみたい」と強く思っていたわけではない。
ところが、実際にやってみると面白かった。
南米の音楽に合わせて体を動かす。
男性と女性がペアになって、相手の動きを感じながら踊る。
それまで自分がやってきたスポーツとは、まったく違う世界だった。
私は格闘技を見るのも好きなのだが、サルサには少し似た面白さも感じた。
相手との距離、タイミング、体重移動。
覚えた技を実際に相手と組んで試してみる。
もちろん格闘技の「技」とはまったく違うけれど、
「この動きをどうやったらうまくかけられるんだろう」
と考えるのが楽しかった。
そして何より、音楽に合わせて体を動かすのが気持ちよかった。
そんなところから始まった。
気づけば、全国でサルサを踊るようになった

サルサの面白いところの一つが、全国各地に踊れる場所があることだ。
サルサバーがあったり、ダンスイベントが開催されていたりする。
だから出張すると、
「この街にはサルサを踊れるところがないかな」
と探すこともあった。
仕事で知らない街へ行って、夜になったら一人でサルサバーへ行く。
普通の出張とは、ちょっと違う楽しみになる。
今では遠出すると、
サルサバー、神社巡り、サウナ。
この3つを探していることが多い。
我ながら、かなりバラバラだと思う。
でも50歳になった今は、それくらい自分の好きなものが
いくつかある方が面白い。
会社の肩書きが関係なくなる
サルサを20年以上続けている理由は、踊ること自体が楽しいから。
でも、それだけではない。
サルサのコミュニティーが好きなのだと思う。
会社にいると、
上司、部下、先輩、後輩。
役職や立場がどうしてもついてくる。
でもサルサを踊る場所では、それがほとんど関係ない。
男性も女性もいる。
年齢も職業も違う。
普段なら出会わなかったような人とも仲良くなる。
そして、ただ飲みに行って仲良くなるのとも少し違う。
そもそも、
「一緒に踊る」
という共通の楽しみがある。
音楽が流れれば、一緒に踊る。
終わったら話をする。
また次の曲が流れたら踊る。
この距離感が、私には合っていたのだと思う。
3〜4分踊るだけでも、けっこう運動になる

サルサやバチャータは、健康面でも悪くない趣味だと思っている。
1曲はだいたい3〜4分。
曲が流れている間は、ステップを踏みながらずっと体を動かす。
1曲だけなら大したことはない。
でも何曲も続けて踊ると、けっこう汗をかく。
ジムで「運動しなければ」と思って体を動かすのとは違って、
楽しんでいたら、結果的に運動していた。
私にとっては、これが大きい。
50代になると、健康のために運動した方がいいことは誰でも分かっている。
でも、「健康のため」だけだとなかなか続かない。
好きだから続ける。
その結果、体も動かしている。
20年以上続いた理由の一つは、そこにもあるのかもしれない。
海外赴任で、サルサのありがたさを実感した
サルサを続けていて、本当によかったと思ったのは
海外で生活した時だった。
海外赴任をすると、どうしても人間関係が会社中心になりやすい。
日本人がいそうな店に行く。
週末は日本人同士で集まる。
日本人同士でゴルフに行く。
もちろん、それが楽しい人もいると思う。
でも私は、それだけでは少しつまらないと思っていた。
せっかく海外に住んでいるのだから、現地の人とも知り合いたい。
そこで役に立ったのが、サルサだった。
言葉が十分に話せなくても、一緒に踊れる
海外でサルサを踊りに行くと、当然、現地の人がたくさんいる。
最初から言葉が完璧に話せたわけではない。
それでも音楽が流れれば、一緒に踊れる。
言葉が十分に通じなくても、
「踊りますか?」
そこからコミュニケーションが始まる。
これは海外生活では、とても大きかった。
サルサを通じて現地の友人が増えた。
会社とはまったく関係のない人たちと知り合った。
そして面白いことに、
もっとこの人たちと話したい。
と思うようになった。
すると今度は、言葉を勉強したくなる。
英語や中国語を勉強するモチベーションにもなった。
「試験のために語学を勉強する」のとは少し違う。
目の前に話したい人がいる。
伝えたいことがある。
相手の言っていることをもっと理解したい。
だから勉強する。
結果として、英語や中国語の力も以前より上がった。
振り返ってみると、
サルサ → 現地の友人 → もっと話したい → 語学を勉強する
という流れができていた。
趣味が、別の世界まで広げてくれた。
サルサをやっていなかったら、知らなかった世界

もし20代後半のあの日、
同僚に誘われてサルサのレッスンに行っていなかったら。
たぶん、私の人生は少し違っていたと思う。
全国各地のサルサバーへ行くこともなかった。
海外で現地の友人を作る機会も、もっと少なかったかもしれない。
語学を勉強するモチベーションも違っていたと思う。
そう考えると、
何気なく始めた一つの趣味が、20年以上かけて
少しずつ人生を広げてくれた。
50歳になって、長く続く趣味の価値が分かってきた
20代の頃は、
「20年以上続く趣味になる」
なんて考えていなかった。
ただ面白いからやっていただけだ。
その間に仕事も変わった。
住む場所も変わった。
海外にも行った。
年齢も重ねた。
でも、サルサやバチャータは残った。
50歳になった今だからこそ、その価値が少し分かる。
会社の肩書きとは関係ない。
仕事の評価とも関係ない。
出世とも関係ない。
お金を稼ぐためでもない。
ただ、自分が好きだから続けている。
そういうものが人生に一つあるのは、思っていた以上に
大切なのかもしれない。
このnoteで私は、
「50代から、人生をもう一度面白くする。」
ということを書いている。
人生を面白くするというと、
新しいことを始めなければいけないように聞こえる。
でも最近は、そうでもないと思う。
新しいことを始めるのもいい。
一方で、
昔から好きだったものを、これからも大切にする。
それも人生後半を面白くする方法なのだと思う。
20代後半から始めたサルサ・バチャータ。
気づけば20年以上。
これからも、体が動く限り続けていきたい。
そして遠出したら、たぶんこれからも探すと思う。
「この近くに、サルサを踊れるところと
いい神社と、いいサウナはないかな」
そんな50代も、悪くない。