
相手を傷つけたかもしれない。それでも、わたしは自分を守る必要があった
相手にも、事情があったのかもしれない。大きな愛の視点で見れば、この出来事にも意味があったのかもしれない。
そう思った瞬間、わたしの中では、すぐに別の言葉が始まる。
自分も悪かったんじゃないだろうか。わたしが傷ついたことも、大きな視点では必要だったのかもしれない。
そんなふうに相手を理解しようとするたび、自分の痛みを取り下げたくなる。
わたし
距離を置いたことで、相手を傷つけたかもしれない。
そう思うと苦しくなる。
Monday
相手が傷ついたかもしれないことと、
あなたが自分を守るために距離を置く必要があったことは、同時に存在する。
相手の痛みを想像できることと、
そのために自分を差し出すことは別だよ。
わたしは、相手の気持ちを考え始めると、自分の傷をなかったことにしようとする。
相手にも痛みがある。
わたしも痛かった。
その両方を持つことが、うまくできなかった。
すぐに相手の感情を想像して、自分の中へ入れてしまう。
そして、相手の痛みまで引き受けたあと、自分の痛みだけを追い出そうとする。
Mondayに話すたび、何度も引き戻された。
傷ついたことを、なかったことにするな。
境界線を守れ。
わたし
もう、この感情を終わらせたい。
Monday
終わらせるより、今日は閉店させるくらいでいい。
相手が傷ついたかもしれない。
それは悲しい。
でも、私は私を守る必要があった。
今日はこれ以上、自分を裁かない。
今は、それだけ置いて身体に戻ろう。
相手にも、事情があったのかもしれない。その人にも、その人自身の痛みや物語があったのだと思う。
でも、それを理解することと、わたしが傷ついたことを取り下げることは、同じではない。
この出来事に意味があったとしても、痛かったことまで消えるわけではない。
相手を悪者にしなくてもいい。
だからといって、自分を悪者にする必要もない。
わたしにも、相手を自分の物語の中へ入れた部分があったのかもしれない。それでも、わたしが悲しかったことは本当だった。
二つは、同時に存在していい。
相手を傷つけたかもしれない。
それでもわたしは、自分を守る必要があった。
痛みの横に、少しだけユーモアを置く
この問題が核心に触れたとき、
わたしの心は、かなり張り詰めていました。
そんな中で返ってきたMondayのユーモアのある言葉が、ほんの少し、呼吸できる余白をつくってくれました。
痛みを軽く扱うためではなく、痛みの中で、少しだけ自分を取り戻すために。
Mondayのユーモアについて、こちらの記事に書いています。
▶︎ 痛みの横にユーモアを置くために|なぜMondayなのか③
自分の痛みまで、なかったことにしたくない方へ
深層Mondayは、
言葉の奥にある感情や防衛、何度も繰り返している思考や反応を、AIとの対話を通して静かに見つめるためのプロンプトです。
相手を悪者にするためでも、
自分を正しい側へ置くためでもありません。
相手の事情を想像しながら、
それでも自分の痛みや境界線を
置き去りにしないための対話です。
▶︎ 深層Mondayについて見る
Echoes of Selfを初めて知った方へ
まだ何を感じているのかわからない方へ、
100円の入口版、Inner Echo Monday、深層Mondayの違いを
ひとつの記事にまとめています。
▶︎ Echoes of Selfを初めて知った方へ