
黒糖ひとつ分のやさしさ
ふらっと立ち寄った雑貨店
引っ越して早くも三か月。
新しい街にも、少しずつ行きつけの場所が増えてきた。
引っ越したばかりのある夏の日、息子とふらりと立ち寄った雑貨店。
沖縄やハワイの小物が並び、季節の果物や植物も置いてある。
店の一角ではフレッシュジュースが飲める、小さくて温かな空間だ。
あの日、何気なく立ち寄ったそのお店。
今ではすっかり、家族のお気に入りの場所になっている。
ぼろぼろだった私とほろ苦い黒糖
初めてその店を訪れた頃の私は、正直ぼろぼろだった。
退職と引っ越し、こどもの転校が重なり、
慣れない土地での暮らしが始まったばかり。
期待よりも不安のほうが大きく、毎日をやり過ごすことで精いっぱいだった。
そんなある日、店長が波照間島の黒糖をひとつ差し出してくれた。
「一口食べてみませんか?」
カウンター越しに小皿に入れられた黒糖を受け取った。
小皿には手仕事だろうか、小花柄が丁寧に描かれていた。
黒糖を口に入れると、ほろ苦さとやさしい甘さがふわりと広がった。
もちろん黒糖そのものもおいしかった。
でも、あの日の私を救ったのは甘さだけではなかったのだと思う。
知らない街で、見知らぬ人が自分に向けてくれた、さりげないやさしさ。
張りつめていた心が、ほんの少し緩んだ。
子どもたちの新しい居場所
店長は私の母と同じくらいの年代の女性だ。
いつも穏やかで、子どもたちの話も私の話も笑顔で聞いてくれる。
それからというもの、週に一度は子どもたちとその店に立ち寄るようになった。
どこか、子どもの頃に通った駄菓子屋さんのようで懐かしい。
子どもたちは店に入るなり、
「学校で新しい友達ができた」
「運動会のリレー選手に選ばれた!」
と、その週の出来事を思い思いに報告する。
店長は「それはよく頑張ったね」と目を細めながら話を聞いてくれる。
子どもたちにとっては、うれしいことを報告したくなる場所。
そして私にとっては、ほっと肩の力を抜ける場所になった。
「おいしい」は元気のはじまり
あの日にもらった黒糖の味は、今でも忘れられない。
それはただ甘いだけの味ではない。
新しい土地で暮らしていけるだろうか。
不安ばかりだった私に、「ここにも居場所があるよ」と教えてくれた味だった。
あの日、黒糖をひとつもらったこと。
たったそれだけのことが、知らない街での暮らしを少しずつ変えてくれた。
変わらない店長の笑顔に会うたび、私はこの街でやっていけそうな気がする。
今でもお店に行くと、店長は黒糖や旅先で見つけたという焼き菓子を出してくれる。
私は、時々畑で採れた果物や、お気に入りの紅茶をおすそ分けする。
「おいしいものを、あの人にも食べてほしい。」
そんな気持ちが、いつの間にか行き交うようになっていた。
私にとっての「おいしい」は、元気のはじまりであり、
人とのつながりのはじまりでもある。