
【掌編小説】『祭囃子が聴こえる頃に』
わたしが生まれた町のお祭り。
東京で一人暮らしをしている今も、
この日だけは里帰り。
子供の頃は地元民しかいなかったのに、
すっかり観光地。
背の高い外国人の集団。
聞いたことのない方言の人たち。
出店の焼きそば、お好み焼き。
あの頃の倍の値段。
『カオ! 早く来いよ!』
カオじゃなくて夏帆だって。
急にわたしの視界を横切ったのは、
小学生のわたしとマサト。
色のない、失われた時間の中の子供たち。
それが消えて、ふと思う。
まるで別の町みたい、って。
お囃子の音は昔のまま。
引き回される山車の周りは人だかり。
自分の家なのに入れない感覚。
仕方ないので小道に逃げる。
メインストリートから外れただけで一気に人気は少なくなった。
民家の外塀にもたれてコーヒーを口にした。
さすがに美味しい。
800円をちびちびと楽しむ。
『うそだろ? バカオ! コーヒー800円って』
バカオってゆーな。
バカオでもカオでもなく、か・ほ。
……そんな風に呼ぶのはあんただけ。
あんたがいなくなったから知らないだけ。
わたしは今や800円を迷わない大人。
カップから立ちのぼる湯気が秋の風に流れた。
見上げた空にぼんやりとした月。
漂う音に身を任せ、目を閉じた。
もういないのに。
この日になったら会える気がして。
誰にも言わず、一人で里帰り。
──ねえ、知ってる?
あんたのお父さん。
毎年、祭りに寄付金を出してるんだよ。
毎年、あんたの家の前で山車が止まって、お囃子を奏でるんだよ。
お父さんが手に持った写真のマサトは笑ってる。
最初の年は泣いていたお父さんも、今ではあんたと同じように笑ってる。
でも、
まだわたしは笑えないよ。
マサト。
一言でも聞けるのなら。
「バカオ! 祭りに行くぞ!」
その呼び名でもゆるすから。