
暴力の効果と副作用
私は小3くらいから中学生くらいまで母親から暴力を受けていた。
私が学校で問題を起こすことがよくあったから。
学校の先生が母に連絡をして、その連絡を受けた後に叩かれたり蹴られたり、母の納得のいく反省を言えるまで正座して反省の言葉を言わされたりした。
教科書でぶん殴られた時は、教科書がボロボロになって、次の日学校でその教科書を出すのが恥ずかしかったのが強く記憶に残っている。
よく物で叩かれたので、私のノートや教科書はボロボロ。
先生には
「なんで教科書がこんなことになってるの?」
と聞かれたけど、
「宿題を出さなかったことがバレて教科書でぶん殴られました」
なんて恥ずかしくて言えなかったので
「ムカついてやりました」
と答えていた。
それは恥ずかしくなかった。
私はアザができにくい体質らしく、家でボコボコにされても体に証拠は残らず、私も暴力を受けていることは言わないし、当時は世間が今のように敏感ではなかったので外部の人は知らなかった。
知っていたのは母、父、祖母、きょうだい。
妹は中学生になってから荒れて、暴力を受けていた。
暴力を受けても行動が改善されなかったので、かなり短く、坊主に近い短さに髪を切られた。
流石にそれは虐待扱いとなり、学校から児童相談所に通報されたっぽいけど。
そんな環境だったので、私は暴力を悪いと思わずに育った。
自分が悪いから暴力をされるという理屈が私の中でできあがっていて、悪かったら暴力を振るっていいと思っていた。
恥ずかしい話だけど、大学に入るくらいまで暴力が悪いという認識が全く無く、学校で殴ると問題になるが、家族なら殴っても問題にはならないと誤学習していたため、きょうだいに対してすぐ手を出していた。
きょうだいに盗み癖があり、私の携帯やお金、服、物を盗まれた時に、テレビのリモコンで頭を殴って血が流れたり、窓を突き破るほどの力で突き飛ばしたこともあった。
それでも、ちょっとやりすぎたなくらいにしか思わなかった私は今思うと異常だった。
たまたま大学に進学して、子どもに関することを学んだから、自分の異常さに気付いたけど、もしその道を通らなかったら、もし今の仕事をしていなかったら、私は暴力を悪いと思うことがなく、とんでもないDV女になっていたと思う。
小学生の時に暴力を受けて、学校で問題を起こすとあとが痛いと学んだ。
だから問題行動は改善された。
中学生になってからは優等生の部類だった(はず)。
ただ、優等生の仮面の裏で異常者が育っていたというのに、誰もそれに気づかなかった。
自分の異常さに気付いた時は、ただ呆然とした。
少しびっくりした。
自分が当たり前だと思っていたものがひっくり返されて。
あと少し不快だった。
自分が正しいと思っていたものを、周りが悪だと言うことが。
私の人生まで否定された気持ちだった。
私やきょうだいの問題を改善するために暴力は効果的だったが、後遺症が残るものだった。
暴力がトラウマになるケースもあるが、私の後遺症はトラウマではなかった。
相手に非があれば暴力は致し方ないという価値観。
それが後遺症。
職業柄、しつけとしての体罰を語る人をよく見る。
私もこれだけボコボコにされた過去があっても、親のことは悪人だとは思っていないし、体罰をする人達を悪だとも思わない。
子どもと接する中で、ぶん殴った方が早いと思う場面もある。
ただその体罰が常習化するといつかの私のような異常者を生むリスクが高まる。
子どもは良くも悪くも全て学んでしまうから。
あとシンプルに、子どもから嫌われる。
親にとって子どもは何歳になっても子どもであるように、子どもにとって親はずっと親。
子どもの頃に受けた影響は大人になったからと言って消えることはない。
私が受けた暴力も、見た暴力も、受けた言葉も忘れたくても忘れられない。
良い親子関係を築きたいと思うのに、その記憶が邪魔をして、今でも母がうっすら嫌い。
多分もうこの溝は広がることはあっても狭まることはない。
どんなにいい記憶で塗り替えようとしても必ず過去の痛みが邪魔をしてくるから。
嫌いという言葉では軽いかも。
溝。
不信感。
諦め。
もしも私に子どもがいたら、きっと宝物みたいに思うだろうな。
その子どもには立派に育ってほしいし、幸せになってほしいと思う。
だけど、課題を改善するために間違った価値観を学ばせてしまったら本末転倒。
幸せになってほしいから良い学校に進学させたくてずっと勉強をさせていたのに、勉強が理由で精神を病んでしまったみたいな話と同じこと。
幸せになってほしい気持ちが大人のエゴにならないようにしたい。
ここに書いたのは自分の過去の整理がしたかったのと、今まで子どもと関わる仕事をしてきた中で学んだことをまとめておきたかったから。
それから、今後仕事をする上での自分に対する戒め。