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💟宝の山を前にして-鈴木超世志の随感録(4)

    🎀串呂哲学研究ノート 第467号

    はじめに

    🌷最近、この神風串呂という地文学は「宝の山」だと気がつきました。

    それも、ほとんど未開拓の、価値あるものが一杯眠っている「宝の山」であり、

    その「宝の山」を前にして、無学・無教養なるがゆえに、神々が構築下さった「地文」を解読できず、なす術すべも無く、ただ茫然と立っている自分に気がつきました!

    あと何年、串呂の研究ができるかどうか分からないのですが、一刻を惜しんで研究に集中したいと決意を新たにしています。

    🔴広陵町の神秘的な現象!

    さて、昨年7月、⛩️内宮と⛩️崇神天皇陵(行燈山古墳)とを結ぶ串呂で、広陵町(奈良県北葛城郡)という地文がある事を知りました。

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    ⛩️内宮と⛩️崇神天皇陵(行燈山古墳)との神風串呂

    ⛩️青龍神社-⛩️大依羅神社-広陵町-⛩️崇神天皇陵-⛩️内宮

    🌷広陵町は、言うまでもなく広大な陵墓(大塚)を表わす地文です。

    その後、串呂の研究中に、南北の距離が約5.5キロあるこの広陵町について、ある神秘的な現象に気がついたのです。

    串呂の基本は、まず⛩️内宮を起点にして調査・研究するのが鉄則です。
    ⛩️内宮は、最高、最大、最重要なる串呂起点です!

    ⛩️内宮と広陵町(奈良県北葛城郡)の北端
    ⛩️内宮と広陵町(奈良県北葛城郡)の南端

    を結んでできた下記の区域内に、国内の広陵が集中していることに気がついたのです。

    下記の左の赤線で囲まれた区域が広陵町(奈良県北葛城郡)です。

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    ⛩️内宮と広陵町との串呂(Google.map)
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    ⛩️内宮と広陵町との串呂(Google.map)広陵町の東側

    🟡古墳で検索した地図です。(古墳の全てではありません)

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    ⛩️内宮と広陵町との串呂(Google.map)広陵町の東側
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    ⛩️内宮と広陵町との串呂(Google.map)広陵町の西側

    🟡古墳で検索した地図です。(古墳の全てではありません)

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    ⛩️内宮と広陵町との串呂(Google.map)広陵町の西側

    (大古墳群)-⭕広陵町(奈良県北葛城郡)-(大古墳群)-⛩️内宮

    この区域内に、どれだけの数の大古墳があるのか調べていませんが、なんと驚くべきことに「全長200メートル以上の大規模古墳一覧」の中の、

    🎌上位11傑(計12古墳)中の10古墳が、この区域内にあるのです!

    🔴新発見です。🎯💖🍀🌈💯

    🟡区域内にある古墳
    1位、大仙陵古墳(大山古墳)(大阪府堺市)
    2位、誉田御廟山古墳(誉田山古墳)(大阪府羽曳野市)
    3位、上石津ミサンザイ古墳(石津ヶ丘古墳)(大阪府堺市)
    4位、造山古墳(岡山県岡山市)
    5位、河内大塚山古墳(大阪府松原市・羽曳野市)
    6位、見瀬丸山古墳(奈良県橿原市)
    7位、渋谷向山古墳(奈良県天理市)
    8位、土師ニサンザイ古墳(大阪府堺市)
    9位、仲津山古墳(大阪府藤井寺市)
    11位、箸墓古墳(奈良県桜井市)

    🍀🍀🍀🍀🍀

    🟡区域外にある古墳
    9位、作山つくりやま古墳(岡山県総社市)
    11位、五社神古墳(奈良県奈良市)

    同格で第9位の作山つくりやま古墳(岡山県総社市)は、わずかにはずれています。

    🟡古墳で検索した地図です。(古墳の全てではありません)

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    ⛩️内宮と広陵町との串呂(岡山県)(Google.map)
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    青年時代に、神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂を学ぶ神縁に恵まれ、爾来、細々と串呂哲学の研究を実施して参りました一学徒です。神風串呂を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学の存在を知って頂ければ望外の喜びです。

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