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💟検証!明治大室王朝説-創刊500号記念特別号

    🎀串呂哲学研究ノート 第500号

    🟢はじめに

    明治維新は、単なる近代国家への転換ではなかったのかもしれない! —— そんな問いかけから始まる本稿は、公式の歴史記述とは一線を画す仮説「明治めいじ大室おおむろ王朝説」に迫ります。

    この説によれば、明治天皇は孝明天皇の皇子ではなく、南朝・後醍醐天皇の王孫「大室おおむろ寅之祐とらのすけ」であったというのです。つまり、明治維新は「南朝の復権」だった可能性があるという大胆な再解釈です。

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    明治天皇(1852年-1912年)

    串呂哲学の創始者 三浦芳聖師みうらよしまさしによって提起され、鹿島曻かしまのぼる氏によって詳細に論じられたこの仮説は、公式の歴史記述とは一線を画し、明治維新を「南朝復権の革命」として再定義する。

    本稿では、この「明治大室王朝説」を、単なる伝承や証言の寄せ集めとしてではなく、三浦芳聖師が創始した「串呂哲学」により、地名や神社、陵墓などを地図上で結び、歴史の深層に潜む「もう一つの王朝」の痕跡を検証します。

    すなわち、WEB地図を駆使し、明治天皇がおよそ45年間生活した「皇居」や明治天皇の眠る「⛩️伏見桃山陵」を調査対象とし、明治天皇(大室寅之祐)の出自を示すと思われる「成田市大室」や、重要鑑定元である「⛩️皇大神宮内宮」「⛰️御正体山」などを起点とする串呂上に配置されている地文の意義を読み解くことで、「明治大室王朝説」を検証します。

    🔶果たして、明治天皇は南朝の末裔「大室寅之祐」だったのか。

    串呂哲学が示す地文は、そもそも何のために配置され何を語ろうとしているのか。捏造ねつぞうされた歴史の表層を突き破り、真実に迫る旅が、いま始まる。

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    💞検証-明治大室王朝説

    明治大室王朝説というのは、『明治天皇は、南朝 第九九代 松良天皇の第四皇子「光良親王」の王孫(大室寅之祐)である。』という仮説です。

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    この仮説は今をさる50数年前に、串呂哲学の創始者「三浦芳聖師」によって提起され、その後、鹿島曻かしまのぼる氏の「裏切られた三人の天皇-明治維新の謎」によって詳細に論述されています。

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    「裏切られた三人の天皇-明治維新の謎」(新国民出版社/1997年)

    この仮説を「WEB地図を駆使して串呂で検証してみよう」というのが本稿の主題です。

    🔶調査対象(至点)
    そこでまず、明治天皇がおよそ45年間生活した東京都千代田区の皇居を調査対象とします。串呂哲学では調査対象の地文を至点と呼んでいます。


    次には、明治天皇が眠る「⛩️伏見桃山陵」を調査対象とします。

    串呂哲学では、出生地、居住地、陵墓などを調査対象としますが、古来「棺かんを蓋おおいて事定ことさだまる」と申しますように、陵墓は特に重要な串呂至点です。

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    『伏見桃山陵- Wikipedia』(京都市伏見区桃山町古城山)


    🔶実証・論証・傍証の串呂

    三浦芳聖師が創始した串呂哲学では、ある命題を証明するためには、実証じっしょうの串呂かんろ、論証ろんしょうの串呂、傍証ぼうしょうの串呂の三本の串呂が必要とされています。

    実証の串呂とは、一本の串呂線上に一ヶ所以上、実地にその地を踏んだことのある地文(出生地、住居、隠棲地、陵墓など)が存在する串呂を「実証の串呂」と呼びます。ここでは、明治天皇の皇居や⛩️明治天皇陵を貫線する串呂です。

    論証の串呂とは、理論立てた事項を証明出来た串呂をいいます。理論的に意味を持つ地文を貫く線です。例えば、「⛰️御正体山」を起点にして調査対象を鑑定したところ、想定通り「正体」を彰示する地文が貫線した場合です。

    傍証の串呂とは、命題を証明するために、さらに別の起点から同様の証拠を補強する線です。いわば「だめ押し・確認の考証」が出来た串呂をいいます。

    🔶串呂起点
    鑑定元の地文のことです。
    この串呂は「明治大室王朝説」を検証する串呂ですから、「天皇」「⛩️皇大神宮内宮」「御正体山」「大室」を選択しました。

    🔶串呂主宰神
    伊勢神宮の天照大御神であります。
    元伊勢伝承の「元伊勢クシロ」とは、串呂くしろ(かんろ)の事だったのです。

    【参照】
    ❇️検証 元伊勢伝承!-崇神王朝の正体-皇祖神からの伝言
    ❇️ここまで解った元伊勢伝承

    (1)宇治田原町天皇と皇居との神風串呂

    それでは、まず皇居を調査対象(至点)とした串呂を見て行きましょう。

    ⭕串呂起点「宇治田原町天皇」
    天皇を彰示するとともに、いかなる天皇かを鑑定する地文です。

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    京都府綴喜郡宇治田原町荒木「天皇」(地図マピオン)

    ⭕串呂至点「皇居」
    皇居(東京都千代田区)を調査鑑定の対象といたします。

    串呂起点が「天皇」ですので、東京都千代田区の皇居で生活していた「天皇」は、いかなる天皇であったのかを調査鑑定する串呂となります。

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    皇居正門石橋(『皇居- Wikipedia』)

    ❇️大室 二串 -🔴-🔴- の神風串呂
    本年8月から始めた東京都(皇居)の串呂を解明中、「宇治田原町天皇と皇居との神風串呂」上に、国盗り公園(長野県飯田市南信濃八重河内)、|大室洞穴《おおむろどうけつ》(山梨県南都留郡鳴沢村)、大室おおむろ(千葉県成田市)が配置されていました。

    宇治田原町天皇-国盗り公園-🔴大室洞穴-皇居-🔴大室(成田市)

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    宇治田原町天皇と皇居との神風串呂(Google.map/縮尺約192.3万分の1)

    🔶実証の串呂
    この串呂は、明治天皇が約45年間、住居とした皇居を貫線する「実証の串呂」です。

    その「皇居」と「天皇」(宇治田原町)を結んだ串呂上に、大室洞穴、大室という同文同種の地文が二つも配置されていたのです。

    これは偶然でしょうか!

    この串呂を拝見した時、「明治大室王朝説」を彰示する串呂が構築されているのではないか!」という直観がありましたので研究を開始したのです。

    串呂哲学の世界では、一本の串呂線上に、同文同種の地文が二つ配置されている場合、これを二串ふたくしの串呂かんろ( -🔴-🔴-)といい、「確定立証の神風串呂」と称しています。

    上記の串呂のように、「天皇」と「皇居」との串呂に「明治大室王朝説」を証明すると思われる「大室洞穴」「大室」という関連地文が二つ配置されている事は確率的に稀有のことだと思われます。

    国盗り公園(長野県飯田市南信濃八重河内)は、権力者の交替を示します。薩長土肥を主体とする新王朝が、徳川幕府から権力を奪取したと解読できます。

    このような現象を「神秘的かつ驚異的な天啓である!」と思うのは私だけでしょうか!

    この「宇治田原町天皇と皇居との神風串呂」は、下記で詳述していますので参照下さい。

    【参照】
    ❇️大室王朝の解明始まる-宇治田原町天皇と皇居との神風串呂1
    ❇️明治天皇すり替え説の発端-星のレイライン発見!-宇治田原町天皇と皇居との神風串呂2
    ❇️明治天皇南朝王孫説-南山三串-宇治田原町天皇と皇居との神風串呂3
    ❇️「食満」-地文学への招待-宇治田原町天皇と皇居との神風串呂4

    (2)⛩️内宮と⛩️明治天皇陵との神風串呂

    大室 二串 -🔴-🔴- の「実証の串呂」が解明されましたので、次は、串呂哲学の定石に従って、串呂の一大拠点であり、串呂主宰神 天照大御神を奉斎する⛩️皇大神宮内宮と⛩️明治天皇陵との串呂を調査研究して見ました。

    ⭕串呂起点・・・「⛩️皇大神宮内宮」(三重県伊勢市)
    伊勢の⛩️皇大神宮内宮は、我が国二所の宗廟といわれ、皇祖神 天照大御神を奉斎する神道最高の神社です。串呂起点としても、最高・最大・最重要なる地文です。

    【参照】伊勢神宮

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    『皇大神宮- Wikipedia』

    ⭕串呂至点・・・「⛩️明治天皇陵」
    明治天皇のご遺骸が埋葬されている陵墓です。

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    晩年の明治天皇のレリーフ

    【参照】明治天皇 伏見桃山陵

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    『明治天皇伏見桃山陵- Wikipedia』

    「⛩️皇大神宮内宮と⛩️明治天皇陵との串呂」を調査研究したところ、南朝 第九九代 松良天皇をあらわす和田山町わだやまちょう朝日(兵庫県朝来市)、松良天皇の王孫をあらわす松尾南松尾山まつおみなみまつおやま(京都市西京区)をピシンと貫線していました。

    和田山町朝日-松尾南松尾山-⛩️明治天皇陵-⛩️内宮

    🔶和田=松良天皇の符号・代名詞
    【参照】和田に関する神風串呂

    🔶松尾=松良天皇の子孫をあらわす。
    「松尾南松尾山」は松尾二串に相当し南は南朝をあらわすと解読できます。

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    ⛩️内宮と⛩️明治天皇陵との串呂(Google.map/縮尺約68.9万分の1)

    「⛩️皇大神宮内宮」から串呂すれば、必ず関連地文が貫線するだろうという立論(想定)のもとで実施した串呂ですから「論証の串呂」としました。

    この串呂を拝見中、下記の様に、⛩️明治天皇陵を起点にして、「⛩️内宮と⛩️明治天皇陵」、「⛩️明治天皇陵と和田山町朝日」の両間隔がほぼ等距離(約100km)であることに気がつきました。

    和田山町朝日-(等距離およそ100km)-⛩️明治天皇陵-(等距離およそ100km)-⛩️皇大神宮内宮

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    ⛩️内宮と⛩️明治天皇陵との串呂(Google.map/縮尺約68.9万分の1)

    こればかりでは有りません。実は、この串呂を南東に延長すると「的矢湾」のほぼ中央を貫線しているのです。

    この「的矢湾」は、的場町と同様、🎯的中を彰示する地文です。

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    ⛩️内宮と⛩️明治天皇陵との串呂(Google.map)

    (3)⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂

    つづいて、串呂哲学の定石に従って、山梨県南都留郡の⛰️御正体山みしょうたいやまと⛩️明治天皇陵との串呂を調査研究して見ました。

    ⭕串呂起点・・・⛰️御正体山
    天皇・皇族など高貴な方の正体を調査鑑定する重要串呂起点です。

    正体とは「隠されているそのもの本来の姿、本体」の事で「正体を現す」「正体不明の怪人物」などと使用します。

    御正体と御の字が付くのは「その対象は、やんごとなきお方」という事で「皇統、皇室」を鑑定するために構築された地文です。

    ⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との串呂は「明治天皇のご正体」を鑑定する串呂です。

    【参照】御正体山の神風串呂

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    『御正体山- Wikipedia』より転載

    すると、御正体山みしょうたいやまを挟んで⛰️大室山おおむろやま(山梨県南都留郡富士河口湖町本栖)、⛰️大室山おおむろやま(神奈川県相模原市緑区青根)を貫線しました。

    二本目の「大室 二串 -🔴-🔴- 」の確定立証の神風串呂です。

    ⛩️明治天皇陵-🔴⛰️大室山-⛰️御正体山-🔴⛰️大室山

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    ⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂(Google.map/縮尺27.7万分の1)

    ⛩️伏見桃山陵に眠る明治天皇の正体(出自)は、大室氏である事を証明する明白なる神風串呂です。「明治大室王朝説」を彰示する「傍証の串呂」としました。

    なお、⛰️大室山(山梨県南都留郡富士河口湖町)と⛰️御正体山との中間には、南朝正統家の富士の皇居(隠れ城)が存在した「大明見おおあすみ」を貫線しています。

    ⛩️明治天皇陵-🔴⛰️大室山-大明見-⛰️御正体山-🔴⛰️大室山

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    ⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂
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    ⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂(Google.map/縮尺約142.8万分の1)


    ❇️明治大室王朝説を彰示する神風串呂
    (1)実証の串呂
    宇治田原町天皇-大室🔴🔴洞穴-皇居-大室🔴🔴(成田市)
    (2)論証の串呂
    和田山町朝日-松尾南松尾山-⛩️明治天皇陵-⛩️内宮-的矢湾
    (3)傍証の串呂1
    ⛩️明治天皇陵-⛰️大室🔴🔴山-大明見-⛰️御正体山-⛰️大室🔴🔴山


    ⛰️大室山おおむろやま(山梨県南都留郡富士河口湖町本栖)
    富士山の北西にある標高1468mの山。
    地図の縮尺によっては、この⛰️大室山と大室洞穴は、ほぼ同じ場所にある(リンクしている)と言えます。

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    大室山(山梨県南都留郡富士河口湖町本栖)

    【参照】
    『大室山 (富士山) - Wikipedia』

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    ⛰️大室山(山梨県南都留郡富士河口湖町本栖)
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    ⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂(Google.map)

    ⛰️大室山おおむろやま(神奈川県相模原市緑区青根)
    山梨県と神奈川県の境にある標高1,587 mの山

    【参照】大室山 (丹沢) - Wikipedia

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    大室山(神奈川県相模原市緑区青根)
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    ⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂(Google.map)

    (4)成田市大室と⛩️明治天皇陵との神風串呂

    以上の(1)実証(2)論証(3)傍証の三本の串呂で「明治大室王朝説」という命題は証明されたのですが、念のためのダメ押しの串呂として(1)の「宇治田原町天皇と皇居との神風串呂」上の大室(千葉県成田市)と⛩️明治天皇陵との串呂を調査研究して見ました。

    ⭕串呂起点・・・大室(千葉県成田市)
    この大室は「宇治田原町天皇と皇居との神風串呂」の「大室」です。

    ただの大室ではない、重要な串呂とリンクしている「大室」です。
    いわば「大室天皇」「大室王朝」を彰示する地文と言える「大室」です。

    宇治田原町天皇-🔴大室洞穴-皇居-🔴大室(成田市)


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    すると、西から松永町まつながちょう(広島県福山市)、⛩️明治天皇陵、松尾まつお(滋賀県蒲生郡日野町)、⛩️大室おおむろ神社(山梨県都留市上谷)、法能(山梨県都留市)を貫線しました。

    松永町-⛩️明治天皇陵-松尾-🔴⛩️大室神社-法能-🔴大室(千葉県成田市)

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    成田市大室と⛩️明治天皇陵との神風串呂(Google.map/縮尺約166.6万分の1)

    本稿三本目の「大室 二串 -🔴-🔴-」 の確定立証の神風串呂です。

    ⛩️大室おおむろ神社(山梨県都留市上谷)に隣接した東側にある法能ほうのう(山梨県都留市)は松良天皇のご降誕地であります。

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    山梨県都留市上谷「⛩️大室神社」と法能(松良天皇降誕地)

    🔶松永町まつながちょう(広島県福山市)
    松良天皇をあらわす地文

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    成田市大室と⛩️伏見桃山陵との神風串呂(Google.map)

    🔶松尾まつお(滋賀県蒲生郡日野町)
    松良天皇の王孫をあらわす地文

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    成田市大室と⛩️伏見桃山陵との神風串呂(Google.map)


    ⛩️大室おおむろ神社(山梨県都留市上谷)
    祭神 伊邪那岐命、伊邪那美命

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    大室神社(旧村社)
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    成田市大室と⛩️伏見桃山陵との神風串呂(Google.map)

    🔶法能ほうのう(山梨県都留市)
    松良天皇のご降誕地

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    成田市大室と⛩️伏見桃山陵との神風串呂(Google.map)

    💞まとめ

    以上、ご紹介した四本の串呂で、明治天皇は南朝 松良天皇の王孫「大室寅之祐」であるという仮説「明治大室王朝説」は証明されました。

    ❇️明治大室王朝説を彰示する串呂図

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    明治大室王朝説を立証する神風串呂(Google.map/縮尺約153.8万分の1)


    ❇️明治大室王朝説を立証する神風串呂

    (1)実証の串呂
    宇治田原町天皇と皇居との神風串呂
    宇治田原町天皇-大室🔴🔴洞穴-皇居-🔷大室🔴🔴(成田市)

    (2)論証の串呂
    ⛩️皇大神宮内宮と⛩️明治天皇陵との神風串呂
    和田山町朝日-松尾南松尾山-⭕⛩️明治天皇陵-⭕⛩️内宮-🎯的矢湾

    (3)傍証の串呂1
    ⛰️御正体山と⛩️明治天皇陵との神風串呂
    ⛩️明治天皇陵-⛰️大室🔴🔴山-大明見-⛰️御正体山-⛰️大室🔴🔴山

    (4)傍証の串呂2
    成田市大室と⛩️明治天皇陵との神風串呂
    松永町-⛩️明治天皇陵-松尾-⛩️大室🔴🔴神社-法能-🔷大室🔴🔴(成田市)

    ❇️四本の串呂中、何と三本の串呂に「大室 二串 -🔴-🔴-」の地文が配置されています。

    ❇️また、明治天皇の遠祖 松良天皇の降誕地「法能」(山梨県都留市)や、南朝正統家の隠れ城のあった「大明見」(山梨県富士吉田市)を貫線しています。

    ❇️ここには串呂主宰神 天照大御神の「明治大室王朝説」に寄せる並々ならぬご配慮が窺われるのであります。

    ❇️こうした串呂が精巧に構築されているのを拝見しますと、明治天皇の串呂は、串呂哲学の存在を顕彰する標本(教材)として構築されている事が理解されます。

    🔴われわれ日本国民は、この「明治大室王朝説」を彰示する神風串呂から何を学ばねばならないのでしょうか!

    私は「何のための王政復古だったのか!何のための南朝革命だったのか!」という根本的な探求が要求されているように思います。

    引き続き「明治大室王朝説」を彰示する串呂の研究を続けて参りますので宜しくお願いします。


    🟡読者の皆様に!
    【神風串呂】は、皇祖神・天照大御神が日本民族に授けられた、目に見える啓示であり、二千年の時を超えて今、私たちの前に顕れた「神の言葉」です。

    このページに辿り着かれた貴方様とのご縁に、心より感謝申し上げます。 本記事は、天照大御神の御神意を体現し、地上に遣わされた神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が創始された「串呂哲学(神風串呂)」の真髄をお伝えするものです。

    『神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言』が明かすように、我が国が「天皇を日本国および日本国民統合の象徴と仰ぐ王政」を未来に継承したいと願うならば、皇祖神の御神意に添い奉る道を選ばねばなりません。 さもなくば、我々はこのまま異民族の支配に甘んじ、日本民族本来の尊厳と特性を失い続ける危機に直面し続けるでしょう。

    神風串呂には、日本民族が進むべき道が明確に示されています。今こそ、真実に目覚め、御神意に立ち返る時です。 この情報を一人でも多くの方に届けるため、どうか拡散のご協力をお願い申し上げます。

    なぜ天照大御神は、長きにわたり神風串呂を構築し、神皇正統家を顕彰されるのか? この問いに真摯に向き合い、串呂哲学の核心を学ぶことで、我々が今なすべき第一義が明らかになります。 そこにこそ、日本民族の再生と未来が懸かっているのです。

    神風串呂、そしてそこに示された神皇正統家は、日本民族の魂の根幹であり、かけがえのない宝です。 二千年の歳月をかけて神風串呂を築かれた天照大御神の御心と、命を賭してその真理を解き明かされた三浦芳聖師のご労苦が、今こそ日本国と国民の幸せの礎となることを、心より願ってやみません。

    🟡祈り
    全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします。

    🟡神風串呂を学びましょう!

    🟡バックナンバー(総合)


    出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。


    著者 鈴木超世志のプロフィール
    中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
    串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ76才。
    串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。

    著 書
    「神風串呂入門」
    「ここまで解った元伊勢伝承」
    「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
    「神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言」
    「天照大御神の子育て御子三浦芳聖の教導録青春編」
    など多数

    ブログ
    串呂哲学研究ノート
    *******************
    🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
    串呂哲学研究会 鈴木超世志
    ブ ロ グ 串呂哲学研究会
    メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
    *******************

     
     
    青年時代に、神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂を学ぶ神縁に恵まれ、爾来、細々と串呂哲学の研究を実施して参りました一学徒です。神風串呂を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学の存在を知って頂ければ望外の喜びです。

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