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💟神武即位の真地を探る──串呂哲学で読み解く“もう一つの橿原宮”

    🎀串呂哲学研究ノート 第522号

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    橿原宮は本当に橿原市にあったのか ──。神話と地文の照応を体系的に読み解く串呂哲学の視点で眺めると、静かに浮かび上がる“隠れた橿原”。
    “御所市柏原=真の橿原宮”という新仮説の検証。連載第2回。

    💞はじめに──真の即位地である5つの根拠

    前号(第521号)では、二つの神武ゆかりの地から御所市柏原の⛩️神武天皇聖蹟伝説地へ引いた串呂が、驚くべきことに“直角”で交差することを確認しました。

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    神武天皇聖蹟傳説地(Google.map)(奈良県御所市原谷)


    もう一度、二つの串呂を対照して見ました。

    ❇️三重県亀山市加太神武から聖蹟伝説地へ
    南西から
    (1)御所-⛩️神武天皇聖蹟伝説地-⛩️桜井茶臼山古墳-加太神武-柏原町-⛰️茶臼山

    ❇️大阪府八尾市神武町から聖蹟伝説地へ
    北西から
    (2)柏原町-神武町-柏原市-⛩️神武天皇聖蹟伝説地-大普賢岳-古江町

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    ※両神武からの二線が、柏原三串で直角に交差する点に注目!
    御所市の神武天皇聖蹟伝説地の神風串呂(Google.map/縮尺95.2万分の1)
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    ※両神武からの二線が、柏原三串で直角に交差する点に注目!
    御所市の神武天皇聖蹟伝説地の神風串呂(Google.map/縮尺47.6万分の1)

    この交点に位置する柏原の聖蹟は、地元伝承が語るように、神武天皇が高御座たかみくらに昇り国見を行った「真の橿原宮跡」であった可能性を強く示唆しています。

     ヤマト王権の初代王が即位した場所は、当然ながら特別な地文構造を持つはずです。その視点で串呂を読み解くと、柏原の聖蹟には“意図されたかのように”神秘的な地文が重層的に配置されていることが見えてきます。

    ✨真の即位地と考えられる5つの根拠

    現在までに判明した根拠を整理すると、以下の五点に集約されます。

    (1)柏原(橿原)三串 -🔴-🔴-🔴- と神武二串 -🟣-🟣- の二本の神風串呂が、聖蹟を貫通して成立している。
    (2)その二本の串呂は、聖蹟地点でほぼ直角に交差する。
    (3)両神武(神武町・加太神武)は、ともに神武東征の重要舞台である。
    (4)聖蹟周辺には、⛩️神武天皇神社・⛩️國見神社・⛩️嗛間ほほま神社・⛰️國見山の石碑など、即位伝承を裏付ける神社・地名が集中している。
    (5)地元では“神坐”と呼ばれる人々が、代々この地の神事を担ってきた。

    こうして並べてみると、御所市柏原こそが神武天皇の即位地であったという感覚が、むしろ自然に思えてきます。

    ✨新たな串呂:御正体山からの照応

    今号では、この仮説をさらに確かめるため、山梨県の⛰️御正体山を起点に新たな串呂を引きました。

    すると驚くべきことに、柏原の聖蹟を指し示すかのような地文が次々と現れたのです。


    🟡読者の皆様に!
    【神風串呂】は、皇祖神・天照大御神が日本民族に授けられた、目に見える啓示であり、二千年の時を超えて今、私たちの前に顕れた「神の言葉」です。

    このページに辿り着かれた貴方様とのご縁に、心より感謝申し上げます。 本記事は、天照大御神の御神意を体現し、地上に遣わされた神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が創始された「串呂哲学(神風串呂)」の真髄をお伝えするものです。

    『神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言』が明かすように、我が国が「天皇を日本国および日本国民統合の象徴と仰ぐ王政」を未来に継承したいと願うならば、皇祖神の御神意に添い奉る道を選ばねばなりません。 さもなくば、我々はこのまま異民族の支配に甘んじ、日本民族本来の尊厳と特性を失い続ける危機に直面し続けるでしょう。

    神風串呂には、日本民族が進むべき道が明確に示されています。今こそ、真実に目覚め、御神意に立ち返る時です。 この情報を一人でも多くの方に届けるため、どうか拡散のご協力をお願い申し上げます。

    なぜ天照大御神は、長きにわたり神風串呂を構築し、神皇正統家を顕彰されるのか? この問いに真摯に向き合い、串呂哲学の核心を学ぶことで、我々が今なすべき第一義が明らかになります。 そこにこそ、日本民族の再生と未来が懸かっているのです。

    神風串呂、そしてそこに示された神皇正統家は、日本民族の魂の根幹であり、かけがえのない宝です。 二千年の歳月をかけて神風串呂を築かれた天照大御神の御心と、命を賭してその真理を解き明かされた三浦芳聖師のご労苦が、今こそ日本国と国民の幸せの礎となることを、心より願ってやみません。

    🟡祈り
    全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします。

    🟡神風串呂を学びましょう!

    🟡バックナンバー(総合)

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    💞⛰️御正体山と⛩️神武天皇聖蹟伝説地の神風串呂

    今号は串呂哲学の定石に基づいて、⛰️御正体山を起点にして⛩️神武天皇聖蹟伝説地の串呂を引いて見ました。

    ❇️起点…⛰️御正体山(山梨県都留市大野)
    ❇️至点…⛩️神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市柏原)

    起点の⛰️御正体山については、当ブログ第517号で述べていますので、ここでは省略します。下記を参照下さい。

    【参照】御正体山の神風串呂

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    『御正体山- Wikipedia』より転載

    至点の⛩️神武天皇聖蹟伝説地(⛰️国見山)についても、前号(第521号)で詳述しましたので省略します。

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    御所市柏原の⛰️国見山(国土地理院地図)

    💞串呂概観 ── 神武東征の核心「⛩️高天彦神社」

    前号に引き続いて御所市柏原の⛩️神武天皇聖蹟伝説地を研究するにあたり、正体を鑑定する最重要起点である山梨県の⛰️御正体山から串呂を引いて見たところ、地元の伝承「神武即位の地」を示す地文が多数配置されていました。👑💌🍀🎯🌺

    (1)高天たかま地区・⛩️高天彦たかまひこ神社
    最も重要な地文として浮上したのが、奈良県御所市の「高天たかま地区・⛩️高天彦たかまひこ神社」です。

    ❇️高天地区・⛩️高天彦神社
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    ❇️⛩️神武天皇聖蹟伝説地
        ⬇️
    ❇️⛰️御正体山
     
    この一直線の配置は、偶然とは思えません。

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    奈良県御所市高天を貫通
    御正体山と神武天皇聖蹟伝説地(御所市)の神風串呂
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    奈良県御所市高天を貫通(Google.map)
    御正体山と神武天皇聖蹟伝説地(御所市)の神風串呂

    高天たかま地区は「神々が降臨した日本の始源の地」とされ、⛰️金剛山(標高1125m/葛城山かつらぎやままたは高天山たかまやまとも云う)を擁します。また、土蜘蛛退治つちぐもたいじなど神武東征の伝承が色濃く残る地域でもあります。
     
    さらに、地図上では飛地にあるように見える⛩️高天彦神社(御所市北窪)も、串呂線上に正確に乗っています。

    🔴この瞬間、「この串呂の核心は⛩️高天彦神社たかまひこじんじゃにある!」という強烈な直観が走りました。💞👑💌🎯🌺


    そこで⛩️高天彦神社たかまひこじんじゃについて調べて見ました。

    ⛩️高天彦神社たかまひこじんじゃ(奈良県御所市北窪)
    祭神 
    高皇産霊神(たかみむすひのかみ)主神
     別名 高木神(たかぎのかみ)
    市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)
    菅原道真公(すがわらみちざねこう)

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    高天彦神社(Google.map)

    ✨高皇産霊神を祀る神社が示す意味
    ⛩️高天彦神社の主祭神・高皇産霊神(タカミムスヒ)は、日本神話における最重要の天津神であり、神武東征を導いた存在として記紀にも登場します。

    つまり、神武東征軍の正体は、高皇産霊神を仰ぐ新勢力であったという仮説が、串呂の配置から読み取れるのです。

    【参照】
    「高天彦神社 | 御所市」
    「タカミムスヒ - Wikipedia」
     
    ✨宮殿を示す地文「宮城」「御殿」二串
    ⛰️御正体山から神武天皇聖蹟伝説地へ引いた串呂には、“橿原宮=宮殿”であることを示す地文が驚くほど多く並びます。

    その一例が以下の「御殿」二串 -🔴-🔴- です。

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    ⭕⛩️神武天皇聖蹟伝説地(奈良県御所市柏原)
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    🔴御殿場海岸ごてんばかいがん(三重県津市藤方)
    御殿 二串 -🔴-🔴- 宮殿(皇居)を示す。
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    ❇️上佐野かみさの(山梨県南巨摩郡南部町)
    神武天皇の幼名
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    ⭕御正体山(山梨県都留市大野)
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    🔴御殿坂ごてんざか(東京都府中市本町)
    御殿 二串 -🔴-🔴- 宮殿(皇居)を示す。
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    ❇️宮城みやぎ(東京都足立区)
    宮殿(皇居)を示す。
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    ❇️天王崎公園てんのうざきこうえん(茨城県行方市麻生)
    大王位に就任

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    ⛰️御正体山と⛩️神武天皇聖蹟伝説地の神風串呂(Google.map/縮尺約192.3万分の1)
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    ⛰️御正体山と⛩️神武天皇聖蹟伝説地の神風串呂(Google.map/縮尺約7407分の1)


    次に重要と思われる地文は、⛩️神武天皇聖蹟伝説地が、神武即位地「橿原宮」(宮殿)であったことを示す東京都足立区の「宮城みやぎ」です。

    東京都足立区の「宮城みやぎ」、西隣りは「王子」(東京都北区)です。

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    ⛰️御正体山と⛩️神武天皇聖蹟伝説地の神風串呂(Google.map/縮尺約7407分の1)


    🔴串呂概観のまとめ
    御殿 二串 -🔴-🔴- で、佐野命さののみこと(神武天皇)の宮城跡である事を示す的確なる地文が配置されていました。

     
     
    青年時代に、神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂を学ぶ神縁に恵まれ、爾来、細々と串呂哲学の研究を実施して参りました一学徒です。神風串呂を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学の存在を知って頂ければ望外の喜びです。

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