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王政復古の神源(徹底的に日本歴史の誤謬を糺す復刻版 №17)串哲256号

    💞日本国救済の大道

    🟡神風クシロ(串呂)は、地文ちもん(地名)を研究することで天地神明の存在を認識することのできる神道皇霊学しんとうこうれいがくで、神国再建のために皇祖神(天照大御神)によって構築されました。

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    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第七章

    🟡残念ながら、今のままでは我が国は、異民族の隷属れいぞく国(保護国)に甘んじつつ、終ついには亡国への坂道を転げ落ちる道しか残されていないように思えてなりません(満州国がその前例です)。

    🟡主権在民の我が日本国です!良きにつけ悪しきにつけ、現在の我が国については、われわれ国民一人一人に責任があります。真実に目覚める為には日々の研鑽けんさん・学習が必要です!

    🟡この危機に瀕ひんしている日本国救済の大道は、わが国の守護神であり指導神霊である伊勢神宮の大神(天照大御神)に中心帰一して、日高見国・縄文日本の民として蘇よみがえることであると確信しています。



    🟣王政復古の神源

    王政復古の神源(霊的原動力)は、伊勢神宮の天照大御神だった!その証拠は垂仁天皇の御代以降、歴代大王おおきみ・天皇が、誰一人伊勢神宮に正式参拝して来なかったのに、明治時代から参拝する様になった状況証拠ではっきりしている。

    しかし、伊勢神宮の天照大御神は、なぜ王政復古をお望みだったのか、王政復古により、どうして欲しかったのか、その根本的な理由を真まことに知っている人は少ない。

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    錦の御旗
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    鹿島昇著「日本王朝興亡史」より転載

    🟣王政復古に到る道程(簡略リスト)

    🟡王政復古・明治維新(慶応4年 / 1868年)
    南朝・光良親王の王孫・睦仁親王を奉じ「王政復古」なる!
    後醍醐天皇―宗良―興良ー正良ー光良・・・睦仁
       
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    🟡戊辰戦争(慶応4年 / 1868年~明治2年/1869年)
    薩摩軍・長州軍・土佐軍  対  幕府軍 
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    🟡高松八幡宮(田布施町麻郷おごう)で天地神明に祈誓
    南朝・光良親王の王孫・睦仁親王を奉じ「王政復古」の大号令を発す。
    慶応4年 / 1868年、麻郷おごうの麻里府まりふを出発し東征の途に就く。
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    🟡伊勢神宮の御師おんしの活躍(御札降くだり、ええじゃないか)
    慶応3年(1867年)
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    🟡薩長同盟なる(慶応2年/1866年)
    (南朝・光良親王の王孫「睦仁親王」擁立)
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    🟡松下村塾(南朝革命のアジト/安政4年/1857年)
    山口県萩城下、吉田松陰、久坂玄瑞、吉田稔麿、高杉晋作
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    🟡水戸学(会沢正志斎、藤田東湖)、日本外史(頼山陽)
    南朝正統論を引き継ぐ。成破の盟約(水戸藩・長州藩)。
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    🟡黒船来航(嘉永6年/1853年、開国を迫らる)
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    🟡嗚呼ああ忠臣楠子なんし之墓
    元禄5年(1692年)「楠木正成」の忠節を顕彰する石碑せきひを建立(水戸光圀みつくに)
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    🟡「大日本史」南朝正統論
    水戸光圀、南北朝の正閏を糺す。本紀・列伝は光圀存命中にほぼ完成し、幕末以後何度か刊行されている。
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    🟡徳川時代始まる(1603年~)
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    🟡戦国時代(1477年~1587年)
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    🟡応仁の乱
    ~文明9年(1477年) 
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    🔴大宝天皇満16年間大般若経600巻を念書
    皇威の回復を熱祷祈願、享徳3年(1454年)至誠通神!
    天照大御神の御神諭により三種の神器を地下深く埋蔵し三浦藤太夫と称す。

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    🟡応仁の乱はじまる
    応仁元年(1467年)~
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    🟡明徳の和約(元中9年/明徳3年/1392年)
    桓武平安王朝滅亡・足利王朝の時代となる。


    💞後醍醐天皇の嫡皇孫「大宝天皇(美良)」の満16年間にわたる熱祷祈願の写経により、天照大御神の御心に叶い、その414年後に王政復古となったのである。

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    🟢第七章 大宝たいほう天皇顕彰の神風串呂(全2分冊)

    🟢内容の一部を紹介します。
    🟡本文全11節(串呂図32、写真8葉)
    🟡御製ぎょせい二首にしゅとその御製の串呂

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    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』第七章

    🟡大般若だいはんにゃ六百巻を念書した大宝天皇
    🟡祈念が成就じょうじゅし牧平大門まきひらだいもんに岩戸篭いわとごもりりをした経緯
    🟡天照大御神より優渥ゆうあくなる御神諭ごしんゆを賜った経緯
    🟡高千穂たかちほ神社と天子ケ岳の神風串呂
    🟡三浦佐久姫みうらさくひめの神風串呂
    🟡大宝天皇の神霊写真
    🟡西山聖地で撮影された長慶院ちょうけいいん法皇ほうおうの神霊写真
    など


    串呂クシロ(かんろ)とは

    串呂クシロ(かんろ)とは、元伊勢伝承で皇祖神が各地を行脚しながら構築した「元伊勢クシロ」の事です。

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    元伊勢クシロは、皇城守護の結界のことだと言われていますが、その結界とは、神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)のことだったのです。串呂は、極秘で構築されて来たので、そのように言われてきたのです。

    神風クシロ(串呂)は、地文ちもん(地名)を研究することで天地神明の存在を認識することのできる神道皇霊学しんとうこうれいがくで、神国日本再建のために皇祖神によって構築されました。

    地名(地文ちもん)に秘められた天地神明の啓示を解明する学問が神風串呂しんぷうかんろ(串呂哲学)です。

    神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を学ぶことによって、日本が神国である事実を認識し、皇祖神からの神妙なる息吹を体感体得することができるでしょう!

    串呂主宰神(伊勢神宮の大神)が、長期間掛け苦心惨憺くしんさんたんの末に構築された神風串呂に学び、天照大御神の御霊代みたましろである神宝(御鏡)を、富士山麓に奉遷ほうせんして同床共殿にお祭りすれば、いま危機に瀕ひんしている「日本国」を救済する道を切り開き、天佑神助により日本民族本来の力を発揮出来ると確信しています。

    神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を無視もしくは敬遠していると、群雄割拠の戦国時代(120年以上)に無辜むこの民が味わった塗炭とたんの苦しみを、国際的な規模で再体験することになるのではないかと心配しています。

    🟡前号(№255)  🟢次号(№257)

    串呂哲学研究ノートバックナンバー(総合)

    情報拡散のお願い

    串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

    神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

    神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

    一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

    神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

    (出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。)

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    🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
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    串呂哲学研究会 鈴木登志正
    ブ ロ グ 串呂哲学研究ノート
    メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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    青年時代に、神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂を学ぶ神縁に恵まれ、爾来、細々と串呂哲学の研究を実施して参りました一学徒です。神風串呂を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学の存在を知って頂ければ望外の喜びです。

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