メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bysane_raven5583

アインシュタインは果たして超弦理論を愛したか?

    前世紀の終わり頃には超弦理論の第1期のブームがあり、「最終的な統一理論」、「万物理論」と世間でも騒がれ、大きな期待がその理論に集まっていました。弦理論研究者たちが講演で、枕詞としてよく使っていたのが、「アインシュタインの夢が、かなうかもしれない!」でした。

    量子力学の形全体が見え始めた1920年代から、アインシュタインは、量子力学の研究そのものからは距離を取り始め、統一場理論の構築に注力していました。重力と電磁気力を統一的に扱うことが、彼の1つのその目的でした。そして1921年には、5次元時空の一般相対性理論から、4次元時空の重力場と電磁場を出す、カルツァ=クライン理論への支持を表明したりもしました。しかし、結局は彼はKK理論に不満足を覚えて、数学者カルタンが整備した新しい幾何学を使った、独自の統一理論の構築を試みるようになります。1929年には、遠隔平行性という考えを使った、最初の統一場理論をアインシュタインは発表します。この理論では、計量テンソル場を基礎とせずに、カルタンが考えた「四脚場」というものを使って構築されています。四脚場は、各時空点で特殊相対性理論のローレンツ対称性が露わに見えるようにするために導入された、4本の基底ベクトルから成る場です。しかし、この遠隔平行性理論自体は現実をうまく説明できず、パウリなどの他の物理学者からも強く批判され、アインシュタイン自身も放棄することになります。その後、別な形での完全な統一場理論の夢を見続けて、彼は研究を続けていましたが、1955年に亡くなります。

    このアインシュタインの夢を具体的に実現する可能性があるのが、超弦理論であると、研究者達はよく語っていたのが1980年代だったのです。では、もし仮にアインシュタインが長生きをして、この超弦理論を知ったならば、彼は満足したでしょうか?必ずしも、そうではなさそうです。

    5次元時空のカルツァ=クライン(KK)理論に、何故アインシュタインは興味を失ったのでしょうか?彼の願望どおり、それは重力場と電磁場の統一を確かに果たしていたにもかかわらず、です。それには理由があります。「何故、時空は5次元なのか?」「出てくる場は5番目の空間座標に、何故依存しないのか?」「KK理論で予想される余計なスカラー場は何なのか?」などの問題がKK理論には残り、彼は不満足だったと言われています。また彼にとって、点粒子のような発散が起きる対象も、究極理論には出て欲しくありませんでした。理論には特異点は全くなく、全ては滑らかな対象だけで構成されていることを、アインシュタインは欲したのです。点粒子も、重力場や電磁場の、なんらかの構造を持った滑らかな励起の近似として、記述したかったのです。しかし電子などの点粒子は、時空における特異点として、KK理論に残りました。この点も、彼は不満だったようです。

    更に彼にとってより深刻な「欠陥」が、KK理論にはありました。アインシュタインがKK理論に期待していたのは、実はその理論からの「量子力学の導出」だったのです。1920年代に量子力学が整備され続ける中、アインシュタインは、この量子力学が最終的な根元理論にはならないと、強く信じていました。月の実在すら保証せず、まるで神がサイコロを振ってしまっているような、この量子力学という理論を、彼は到底支持できなかったのです。しっかりとした実在を前提にした、完全な決定論的性質を持つ究極理論が絶対あるはずだし、そしてその理論から、量子力学は近似理論として導かれると、アインシュタインは思っていたのです。そのため彼はKK理論を捨てて、自分の完全な夢を実現する、統一場理論の研究へと、向かってしまったのです。次々に世界へと報告されていた20世紀の量子力学の素晴らしい進展の情報も拒絶しての、「孤独な一人旅」でした。

    これらの史実を踏まえて、アインシュタインが超弦理論を仮に目にしたとしましょう。アインシュタインは満足したでしょうか?半分はイエスで半分はノーだと、私には思われます。「イエス」の部分の理由として、超弦理論は重力場と電磁場の統一を果たしている点が挙げられます。超弦理論は、KK理論の優れた子孫だからです。実際、KK理論は10次元時空に拡張され、超弦理論に基礎的なアイデアとして組み込まれています。これは、アインシュタインが1921年にKK理論を評価していた点でもありました。また超弦理論では、他の強い力や弱い力も一緒に統一されることを知って、大変興味深く感じたことでしょう。また時空の特異点だった点粒子は存在せず、より滑らかな「弦」という構造物が基礎になることで、理論から全ての紫外発散が消えているという点も、アインシュタインは大変気に入ると想像できます。それは、まさにアインシュタインが夢見ていた、完全理論の1つの性質です。

    ではアインシュタインが超弦理論を気に入らないと感じて、「ノー」と言う可能性は、どこに在り得るでしょうか?それは超弦理論の余剰な6次元空間です。我々は4次元時空に住んでいると感じており、超弦理論の10次元時空に出てくる、残りの6次元空間自由度を感じません。通常は、「コンパクト化」がその余剰の6次元空間に起きて、非常に小さくなっているため、見えないと言われます。しかし、そのコンパクト化のダイナミクスは、超弦理論でも現在わかっていません。「何故、6次元部分だけ小さいのか?」「何故その小さな6次元部分は、現在安定して小さいままなのか?」この点に、アインシュタインは不満を持つことは、ほぼ間違いないと思われます。KK理論の5番目の空間自由度に持った、彼の不満と同じだからです。

    更に、超弦理論が量子力学の1つであることに、アインシュタインは強い嫌悪を持つことでしょう。古典的な弦だけが理論の中にあって、その理論から量子力学が近似として導出できれば、超弦理論をアインシュタインは愛したかもしれません。しかし現実には、超弦理論はプランク定数を持った量子力学として作られているのです。この意味では、アインシュタイン自身は、超弦理論を自分が求めている、究極の統一場理論と決して認めないと考えられます。

    ですから、量子力学としての超弦理論は、アインシュタインの夢の実現からはほど遠いのです。しかし、これまでの自然界の実験や観測において、アインシュタインが嫌悪した量子力学は、極めて正確なままでいて、現代の多くの研究者は量子力学を基礎理論として受容しています。量子力学を古典的な理論から導出する統一理論は、アインシュタインの夢想のままであり続け、決して現実にはなり得ないのです。

    参考資料:"Einstein’s Unified Field Theory Program", Tilman Sauer, (2007): https://philsci-archive.pitt.edu/id/eprint/3293/1/uft.pdf


     
     
    量子情報物理学の研究者です。著書に『入門現代の量子力学 -量子情報・量子測定を中心として-』(講談社サイエンティフィク)『量子情報と時空の物理』(サイエンス社)。質問はMONDで。(https://mond.how/ja/hottaqu)Twitter: @hottaqu

    あなたへのおすすめ