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測定機中の粒子の軌道と量子力学

    量子的な荷電粒子も、実験装置の中では古典的に見える軌道を描きます。
    たとえば下の泡箱実験でも、素粒子がガスに当たってできる「雲」が連続することで、古典軌道のような線を作っています。

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    KEKの陽子加速器を用いた6GeV/c パイマイナス(π-)ビーム入射による1m水素泡箱写真
    https://www2.kek.jp/ja/newskek/2009/sepoct/awabako.html

    これも、もちろん量子測定理論で扱える現象です。各実験での精密なモデル化は複雑になりますが、以下では簡単なモデルで考えてみます。モデルは、下記教科書の第8章に出てくる粒子の基準測定の例を使います。

    ここでは粒子は1次元方向にしか運動しないとし、その座標をxで表します。その粒子の運動量の通常の固有ベクトルは、下記のように規格化されています。

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    (1)式:運動量固有ベクトルの規格化条件

    この運動量固有ベクトルの重ね合わせで、基準測定の離散的な基底ベクトルを下記で定義します。

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    (2)式:基準測定の基底ベクトル

    この重ね合わせの関数は、教科書第8章にあるように、

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    (3)式:基準測定のための重ね合わせ関数

    で与えましょう。ここでξは運動量の単位をもつ正の定数で、この測定での運動量の誤差の程度を示しています。整数nは状態|n,k>での粒子の位置の中心値

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    (4)式:粒子の位置の中心値

    を定め、また整数kは運動量の中心値

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    (5)式:粒子の運動量の中心値

    を定める量子数です。またΘ(x)はヘビサイドの階段関数です。すると第8章の演習問題にありますように

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    (6)式:基底ベクトルの直交性と完全性

    という離散的な基底ベクトルの直交性と完全性を確かめることもできます。また(2)式の状態ベクトルの位置表示<x|n,k>の実部をプロットすると、下のようになります。

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    図1:基準測定基底ベクトルの位置表示(波動関数)

    つまり、|n,k>の状態にある粒子の空間的な分布は、上のような形の波束になっています。この波束の空間幅は、プランク定数hをξで割ったものに対応しています。ξを大きくすると、波束はシャープに局在した形になりますし、ξを小さくすると、平面波に近づきます。この基底を古典的粒子の位相空間で表示したのが下記になります。

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    図2:基準測定に対する位相空間での量子化

    図2に描かれている各長方形のブロックの面積はプランク定数hになっており、これが統計力学での状態数の計算で使われる位相空間の量子化に対応します。

    泡箱実験の軌道をモデル化するために、ここでは粒子の質量が無視できるくらいの高エネルギー粒子の相対論的な1次元モデルとして、量子光学でよく使用されるコールマン=ヘップモデルを採用します。そのハミルトニアンは、光速度をcとして

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    (7)式:コールマン=ヘップモデルのハミルトニアン

    で与えられます。そして、このシュレディンガー方程式は下記になります。

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    (8)式:コールマン=ヘップモデルのシュレディンガー方程式

    これを具体的に微分演算子で書けば、

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    (9)式:コールマン=ヘップモデルから得られる波動方程式

    となり、この一般解は下記になることも分かります。

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    (10)式:波動関数の一般解

    つまり、初期の波動関数の形は時間が経っても変わらないまま、光速度cで波束が左から右に進行する関数で書けています。

    このモデルにおいて、時刻t=0での初期状態ベクトルが(2)式の|n,k>だった場合、時刻tでの状態ベクトルは

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    (11)式:基底ベクトルの時間発展

    となります。Nを正の整数として、特に時刻が

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    (12)式

    で与えられる場合には、|n,k>が|n+N,k>へと移動しただけになります。運動量の中心値は変わりません。

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    (13)式

    したがって(12)式の時刻で、(6)式を満たす基底ベクトルで指定された基準測定を行うと、100%の確率で|n+N,k>が観測されます。

    ここで泡箱に入射する粒子の初期状態が、一般的な

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    (14)式

    という形だとしましょう。そして、時刻t=0で泡箱のガスに粒子がぶつかって基準測定が為され、その結果として1つの|n,k>に見いだされたとします。
    その後、N=1とした(12)式の時刻に同じ測定をしても、粒子は(4)式の位置の中心値の量子数nを1つ増やすだけとなります。これを繰り返せば、

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    (15)式

    という状態の列が得られます。したがって、図3のような古典軌道の泡箱写真がモデル化されました。

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    図3:泡箱写真のモデル

    なお測定をする時刻を(12)式の値にしなければ、この基準測定をしたときに、測定後状態での(4)式の位置の中心値は1つに定まりません。その値は確率的に分布し、測定を繰り返すたびに、位置の中心値はぼやけていきます。実際の泡箱実験でも、ガスとの散乱を繰り返すことで粒子の軌道は反跳を受けて少しずつ乱れていきますが、そのような現象もこのモデルで再現可能です。

    古典力学では測定前から実在的な粒子軌道を考えますが、それとは異なり、量子力学では観測者が測定をして、初めてその観測者にとって粒子軌道の1つが創発します。その軌道の画像データだけを見ていると、測定以前にもその軌道、そしてその粒子は実在していたと考えたくなるかと思いますが、量子力学ではそのような実在は否定をされています。古典力学な直観で、測定機中の軌道の像を捉えることは、実証科学の立場からは間違いなのです。


     
     
    量子情報物理学の研究者です。著書に『入門現代の量子力学 -量子情報・量子測定を中心として-』(講談社サイエンティフィク)『量子情報と時空の物理』(サイエンス社)。質問はMONDで。(https://mond.how/ja/hottaqu)Twitter: @hottaqu

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