
🎣水辺の記憶 ― 魚を追いかけた十年間 ― #002 初めての二桁
🙂↕️ それでも、また水辺へ
初めてルアーでニジマスを釣ったあの日。
6時間粘って、釣れたのはたった3匹でした。
周りの人たちはもっと釣っているのに、自分には釣れない。
悔しかった。
それでも、初めてルアーで魚を釣った喜びは忘れられず、
「もっと上手くなりたい」
と思いました。
それから、二週間。
2015年12月5日。
私は再び、神奈川県の同じ管理釣り場にいました。
この日は、私にとって6回目の釣行。
そして――
初めて一日に二桁の魚を釣った日になりました。
😓 やっぱり釣れない
午前9時30分、釣り開始。
ところが、相変わらず思うようにはいきません。
午前中に釣れたのは、わずか2匹。
釣果が少ないのは、やっぱり寂しい。
ただ、一匹釣れると、気持ちは大きく変わります。
「これでボウズは免れた!」
釣りを始めた頃から、今に至るまで。
十年経っても、変わりません。
一匹も釣れないまま時間だけが過ぎていくと、
「今日は一匹も釣れないんじゃないか」
という恐怖が出てくるのです。
なぜ、そんなに怖いのか。
今になって考えてみると、
魚から完全に拒絶されたように感じるから
なのだと思います。
たった一匹。
でも、その一匹が釣れるだけで、
「今日は大丈夫」
と思える。
ゼロとイチの間には、数字以上に大きな差があるようです。
🐟 突然、釣れ始めた
転機が訪れたのは、午後1時30分。
釣り場に魚が放流されました。
管理釣り場では、釣り人が楽しめるように新しい魚が放されます。
放流されたばかりの魚は比較的ルアーへの反応がよく、釣り人にとってはチャンスです。
すると――
釣れた。
また釣れた。
さらに、もう一匹。
午前中は2匹しか釣れなかったのに、放流後だけで8匹。
ついに一日の釣果が、
10匹
になりました。
初めての二桁です。
嬉しかった。
初期の頃は、魚が連続して釣れること自体が滅多にありませんでした。
一匹釣るのにも苦労していた人間が、次々と魚を釣っている。
少しだけ、釣りが上手くなったような気がしました。
実際、七年ほど経ってからこの日の記録を読み返した私は、
「この経験が自信につながったと思う」
と追記しています。

🤔 十年後なら、そうはしない
ただし――
十年後の私から見ると、この日の釣りには思わず笑ってしまうところがあります。
放流された魚を、私はクランクという種類のルアーで釣っていたのです。
同じ「ちびパニクラSR」というルアーの色違いで、5匹ずつ釣っています。
今の私なら、おそらく違う釣り方をします。
放流直後なら、まずスプーン。
素早く投げて、素早く魚を掛け、手返しよく次を狙う。
それがセオリーです。
でも、そんなことを当時の私は知りません。
覚えたばかりのクランクを一生懸命投げて、
「釣れた!」
と喜んでいる。
今から見れば、実に素人臭い(笑)
でも――
古い記録を読みながら、ふと思いました。
果たして、十年後の私は、この日の自分よりすべてにおいて上なのだろうか。

🐟 黄金色の卵
この日は、もう一つ印象に残っていることがあります。
39cmのニジマスを釣りました。
最初の釣行では、50cmほどの大きな魚がルアーを追ってきただけで、
「怖っ!」
となっていた私です(笑)
それから、二週間。
39cmの魚を釣り上げました。
はじめての大物でした。
そのときの引きがどうだったのか。
残念ながら、今では覚えていません。
当時は、釣った魚を持ち帰って食べていました。
この魚も家へ持ち帰りました。
驚いたのは、お腹の中。
卵を抱えていたのです。
ニジマスの卵を見るのは初めてでした。
魚卵といえば、私の頭にあったのはイクラ。
だから、鮮やかな黄金色をした卵を見て驚きました。
当時の記録には、
「卵は黄金色」
と書いてあります。
そして、そのあとに、
「帰宅後に甘辛く煮つけ頂きました!」
とまで残っていました。
十年前の自分。
なかなかマメです(笑)
🚶 上手くなるということ
あの日から十年以上経ちました。
私は釣りについて、たくさんのことを覚えました。
経験を重ね、釣りも上手くなりました。
でも、昔の記録を読み返していると、ときどき思います。
上手くなることで、忘れてしまったものもあるのではないか。
あの頃は、一匹釣れれば本当に嬉しかった。
10匹釣れれば、それだけで自信になりました。
そして何より、自分はまだ何も知らないという謙虚さがありました。
考えてみれば、人生も似たところがあります。
歳を重ねれば、経験も知識も増えていきます。
できなかったことができるようになり、失敗を避ける知恵も身につきます。
けれども、いつの間にか、できることが当たり前になり、小さな喜びを見過ごしてしまうこともあるのでしょう。
ときには、経験が邪魔をして、新しいことに挑戦する前から諦めてしまうことさえあります。
あの日の私は、セオリーなど知らず、ただひたむきにクランクを投げ続けていました。
今なら、もっと効率よく釣れるかもしれません。
でも、あの日の10匹を釣り上げた喜びまで、今の私が上回れるとは限りません。
経験を積むことと、初心を忘れないこと。
その両方を大切にしたいものです。
今の私が、あの日の自分に声をかけるなら――
「めげずに続けていてよかったね」
でしょうか。
そして、あの日の私から今の私へも、何か伝えたいことがあるのかもしれません。
正解したり、間違えたり。
喜んだり、落ち込んだり。
そんな小さな経験を重ねながら、人は少しずつ成長していく。
釣りも人生も、きっとそうなのでしょう。
気の赴くままでいい。
水辺はいつでも待っている。
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