
軒下借りたら、母屋まで
軒下借りたら、母屋まで
最初は、ほんの軒下を借りるつもりだった。
雨宿り程度である。
料理のことを一つ。
昔のことを一つ。
散歩の途中で見掛けたものを一つ。
「ちょいと、ここへ置かせて下さいな」
そんな気分で、noteの軒下に文章を置き始めた。
ところが、人間というものは図々しい。
軒下に慣れると、今度は玄関先まで使い始める。
料理の話だけでは飽き足らず、歴史の話を書く。
神社の話を書く。
夢の話を書く。
妙正寺川を歩けば水鳥が登場し、鹿を見れば、何故こいつは家畜にならなかったのだろうと考える。
百舌が枝に獲物を刺しておけば、
「お前も串打ちするのか」
と、料理人の目で眺めてしまう。
そのうち昔話まで始まった。
狸が出る。
狐が出る。
地蔵様が喋りそうになる。
挙げ句の果てには江戸へ行って、板前や魚屋や物書きや、くノ一まで住み着いた。
気が付けば千本をとうに越えている。
もはや軒下ではない。
玄関を上がり、茶の間を通り、勝手口から台所へ入り、
「この鍋、ちょいと借りますよ」
くらいの顔をしている。
そのうえ最近では、昔書いたものまで誰かが見つけてくれる。
夜中に一つ。
明け方に一つ。
昼になれば、また一つ。
「スキされました!」
と知らせが届く。
ありがたいことである。
書いた本人さえ、
「こんなの書いたっけ?」
という昔の記事を、誰かが納戸の奥から引っ張り出してくれる。
するとこちらも嬉しくなって、また一本書く。
一本書けば、誰かが読む。
誰かが読めば、また書きたくなる。
どうやら、妙な永久機関まで母屋に据え付けてしまったらしい。
考えてみれば、図々しい親父である。
ただ――
母屋を占領しようと思って始めたわけではない。
軒下に置いた小さな話を、誰かが拾ってくれた。
「面白かったよ」
と、スキを一つ置いていってくれた。
それが嬉しくて、もう一つ置いた。
ただ、それを繰り返してきただけなのである。
だから今日も、軒下に一つ置いて帰る。
……つもりなのだが。
たぶん明日には、
また母屋に上がり込んでいる。
図々しい親父で、どうもすみません。
まあ、空いている座布団がございましたら、
もうしばらく、
ここに座らせて下さいな。(笑)