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目に見える物、見えない物

    一文字一仏、般若の智慧

    ――お江戸ユニバース・世習学館合同特別講義――

    元禄の江戸。

    神田の世習学館本校では、今日も山裏芽里伊先生の威勢のよい声が響いていた。

    「はい! 今日は書写のお稽古をいたしまーす!」

    子供たちは、それぞれ硯に水を落とし、墨を磨り始めた。

    「先生、今日は何を書くんですか?」

    「うふふ。今日はね、とってもありがたいものを書くのよ」

    そう言って芽里伊先生が広げた一枚の紙。

    そこには、

    摩訶般若波羅蜜多心経

    と記されていた。

    「げっ! お経だ!」

    「先生、誰か死んじゃったの?」

    途端に教室が騒がしくなる。

    「こらこら! 誰も死んでません!」

    芽里伊先生は腰に手を当てた。

    「皆さん、お経って、亡くなった人のためだけにあると思ってるでしょう?」

    子供たちは一斉に頷いた。

    「実はね、生きている私たちが、どうやって毎日を過ごしたらよいか。そんな大切なことも書かれているのよ」

    「へええ!」

    「それにね、この一文字一文字が、全部仏様なんだよ!」

    子供たちは目を丸くした。

    「じゃあ先生、この紙には仏様がいっぱい?」

    「そういうこと!」

    「先生、踏んづけたら罰が当たる?」

    「踏んづけちゃ駄目!」

    (笑)

    もっとも、芽里伊先生の言う「一文字一文字が仏様」とは、文字そのものを仏として拝めという意味ではない。

    一字一字を粗末にせず、そこに込められた智慧を大切にしようという、先生らしい教え方なのである。

    ところが。

    「先生、色即是空って、どういう意味?」

    「え?」

    「空即是色は?」

    「ええっと……」

    天下の山裏芽里伊先生。

    猪を欺き、壁を駆け上がり、悪党相手にも一歩も引かぬ女傑である。

    しかし、般若心経の奥義となると、そう簡単にはいかない。

    「うーん。これは専門家に聞きましょう!」

    隣で様子を見ていたお凛先生が、静かに微笑んだ。

    「それでしたら、成願寺の禅空和尚様にお願いしてはいかがでしょう」

    「それだ!」

    こうして、たった一枚の書写のお手本が、思わぬ騒動の始まりとなった。


    一、随鳳学長、動く

    話を聞いた随鳳学長は、しばらく腕を組んで考えていた。

    「なるほど。般若心経を書写の教材に、か」

    「はい! どうせ書くなら、意味も覚えた方が面白いと思いまして!」

    「うむ。よい着眼じゃ」

    芽里伊先生、得意満面。

    ところが学長は続けた。

    「しかし、書写と臨書は、似ておっても同じではないぞ」

    「りんしょ?」

    「手本を見て書く。その行いにも、学ぶべき道があるということじゃ」

    「へええ!」

    「よし。お千代にも講義をさせよう」

    「奥方様に?」

    「うむ。あれは書のこととなると、わしより余程うるさい」

    そこへ、たまたま通りかかったお千代さん。

    「あなた。何かおっしゃいました?」

    「いや、何も」

    随鳳学長、咳払い一つ。

    (笑)

    かくして神田本校と大塚分校、両校の生徒を集めた合同特別講義が決まった。

    講師は三名。

    書の道を説く、お千代。

    仏の智慧を説く、禅空和尚。

    そして総括を務める、随鳳学長。

    発案者の芽里伊先生は、もちろん張り切っていた。

    「皆さん! 今日は私も生徒になります!」

    お凛先生が小声で、

    「いつもそうなっている気もいたしますが」

    「お凛先生!」

    (笑)


    二、書は心を写す

    数日後。

    成願寺の広間には、神田本校と大塚分校の子供たちがずらりと並んだ。

    一人一人の前には、硯、墨、筆、半紙。

    正面には、お千代さんが端座している。

    「皆さん。今日は臨書についてお話しいたします」

    静かな声だった。

    しかし、筆を手にした途端、その佇まいが変わった。

    「臨書とは、ただお手本の文字をそっくり真似ることではございません」

    お千代さんは筆を硯に含ませた。

    「書いた人が、どのように筆を入れ、どのように運び、どこで止め、どこで力を抜いたのか。それを学ぶのです」

    さらさら、と紙の上を筆が走る。

    「例えば、この『心』という文字」

    お千代さんは、ゆっくりと一字を書いた。

    「急いで書けば、急いだ筆になります。力任せに書けば、力任せの線になります」

    「じゃあ、怒ってるときに書いたら?」

    一人の子が尋ねた。

    「怒りが筆に現れることもありましょう」

    「泣いてるときは?」

    「涙で墨が滲むかもしれませんね」

    子供たちが笑った。

    「けれど、よいですか。怒っているから下手、悲しいから下手ということではありません」

    お千代さんは続けた。

    「まず、手本をよく見ること。そして筆の動きをよく考えること。何度も書き、違いを確かめること。それが臨書の稽古です」

    芽里伊先生が大きく頷いた。

    「なるほど! 相手をよく見ないと、何も分からないってことですね!」

    「まあ、そのようにも言えますね」

    「私、猪と向き合うときも、まず相手の動きを見ます!」

    「……猪?」

    お千代さんの筆が止まった。

    お凛先生は、静かに目を伏せた。

    (笑)

    お千代さんは気を取り直した。

    「そして、もう一つ。文字の形を覚えた後には、そこに何が書かれているのかを知ることも大切です」

    そう言って、般若心経の手本を掲げた。

    「今日は、その意味を和尚様に教えていただきましょう」


    三、般若心経は誰のため

    禅空和尚が、ゆっくりと前に進み出た。

    かつて冴の助と呼ばれた剣客。

    今は刀を置き、成願寺で仏の道を歩む老僧である。

    「さて、皆の衆」

    和尚は穏やかに語り始めた。

    「般若心経と聞いて、何を思い浮かべるかな?」

    「お葬式!」

    「お墓!」

    「お坊さん!」

    「ほっほっほ。なるほど、どれも間違いとは言えぬ」

    和尚は頷いた。

    「しかしのう。お経とは、もともと仏の教えを伝えるものじゃ。亡き人を弔うためだけにあるのではない」

    広間が静まり返った。

    「生きておる者が、苦しみとどう向き合うか。その智慧も説かれておる」

    和尚は、子供たちを見渡した。

    「では、ひとつ聞こう。友達と喧嘩したことのある者は?」

    ほとんど全員の手が上がった。

    芽里伊先生まで手を上げた。

    「先生は下ろしてくだされ」

    「はーい」

    (笑)

    「では、喧嘩したとき、腹が立った者は?」

    また全員。

    「その腹立ちは、今も同じように残っておるかな?」

    子供たちは顔を見合わせた。

    「もう仲直りした!」

    「昨日は怒ってたけど、今日は平気!」

    「まだちょっと怒ってる!」

    和尚は笑った。

    「それでよい。人の心とは、いつも同じではないのじゃ」

    和尚は庭先の木を指さした。

    「春には芽吹き、夏には葉を茂らせ、秋には色づき、冬には葉を落とす」

    「木も変わる!」

    「そうじゃ。人も、物も、心も、さまざまな縁によって移り変わる」

    和尚は一呼吸置いた。

    「般若心経の『空』とは、ただ何もないという意味ではない。何事も、それだけで変わらぬ姿を持っておるわけではない、という智慧なのじゃ」

    「じゃあ和尚様、怒った気持ちも変わるの?」

    「うむ」

    「悲しい気持ちも?」

    「うむ」

    「嬉しい気持ちも?」

    「それも変わる」

    子供が首を傾げた。

    「じゃあ、嬉しいのもなくなっちゃうの?」

    和尚は微笑んだ。

    「だからこそ、今の喜びを大切にするのじゃよ」


    四、強い人とは

    ここで一人の少年が尋ねた。

    「和尚様、強い人は悲しくならないんですか?」

    禅空和尚の表情が、わずかに変わった。

    「いや。強い者も悲しむ」

    「じゃあ、怖がらない人が強いの?」

    「怖いと思わぬ者が、必ずしも強いとは限らぬ」

    和尚は、自分の両手を見つめた。

    かつて、その手は刀を握っていた。

    相手を倒すことが強さだと信じていた時代もあった。

    「わしは昔、剣を振るっておった」

    子供たちが身を乗り出す。

    「和尚様、強かったの?」

    「さて、どうじゃろうな」

    和尚は苦笑した。

    「人に勝つことばかり考えておった頃のわしは、己の弱さを知らなんだ」

    「弱さ?」

    「怒り、恐れ、欲、意地。そういうものに心を引きずられておった」

    和尚は静かに続けた。

    「人を斬る腕があっても、己の怒りを収められぬ。そんな者を、本当に強いと言えるじゃろうか」

    誰も答えなかった。

    「般若の智慧とは、物事をありのままに見ようとする智慧じゃ。己の心も、例外ではない」

    和尚は少年に向き直った。

    「怖いときには、怖いと知る。悲しいときには、悲しいと知る。腹が立ったときには、腹が立っておる自分を見つめる」

    「それで強くなれるの?」

    「すぐにはなれぬ。じゃが、己の心を知らねば、始まりもせぬよ」

    お凛先生が、静かに頷いていた。

    剣を知る者同士。

    その言葉の重みを、誰より理解していたのかもしれない。


    五、色即是空、空即是色

    「さて、皆が先ほど尋ねた言葉じゃ」

    和尚は筆を執った。

    色即是空

    空即是色

    「色とは、ここでは目に見える物だけでなく、形あるものを指す」

    和尚は目の前の茶碗を持ち上げた。

    「この茶碗は、土があり、水があり、火があり、職人の手があって、初めて茶碗となった」

    「うん!」

    「茶碗だけが、ひとりでに生まれたわけではない」

    和尚は茶碗を置いた。

    「さまざまな縁によって成り立ち、それ自体に変わらぬ実体を持たぬ。これが空ということじゃ」

    「じゃあ、茶碗は本当はないの?」

    「いや、ここにある」

    和尚は茶碗を軽く叩いた。

    コン。

    「あるけれど、何ものにも頼らず、変わらぬものとしてあるわけではない。それが肝心なのじゃ」

    芽里伊先生が、ぽんと膝を打った。

    「分かった!」

    一同、振り向く。

    「人間だって同じですね! お父さん、お母さん、友達、先生、いろんな人がいて、今の自分がある!」

    和尚は満足そうに頷いた。

    「うむ。そのように縁を考えるのも、よい入り口じゃ」

    「じゃあ、誰にも頼らず生きてる人なんていないんだ!」

    「そうじゃな」

    芽里伊先生は、子供たちを見渡した。

    「だから、誰かが困っていたら助けるの。自分だって、いつも誰かに助けられてるんだから!」

    和尚は笑った。

    「ほっほっほ。今度は先生に説法を取られてしもうたわい」

    広間に笑い声が響いた。


    六、文字の中に仏を見る

    講義の後半。

    再びお千代さんが筆を執った。

    「さて、皆さん。今のお話を聞いてから、もう一度『心』という文字を書いてみましょう」

    子供たちは背筋を伸ばした。

    墨を含ませ、筆先を整える。

    先ほどまで騒いでいた子供たちが、今度は真剣そのもの。

    一画。

    また一画。

    書き終えた少年が、お千代さんに尋ねた。

    「先生、さっきより上手になった?」

    お千代さんは紙を見た。

    「ええ。筆の運びが落ち着きましたね」

    少年は嬉しそうに笑った。

    「和尚様の話を聞いたからかな?」

    「それもあるかもしれません」

    お千代さんは続けた。

    「でも、忘れないでください。臨書は一度で出来上がるものではありません。繰り返し書き、繰り返し学ぶのです」

    そこへ禅空和尚。

    「仏の道も同じじゃな」

    「和尚様、その通りでございます」

    お千代さんは微笑んだ。

    「筆を持つたび、自分の未熟さに気づくことがございます」

    「わしも毎朝、己の未熟さを思い知らされておる」

    「まあ、和尚様でも?」

    「ほっほっほ。まだまだ修行の途中じゃ」

    そのとき、芽里伊先生が元気よく手を上げた。

    「和尚様!」

    「何じゃな?」

    「私なんか、未熟なところだらけです!」

    お凛先生が、すかさず、

    「存じております」

    「お凛先生!」

    広間は大爆笑。

    (笑)


    七、学長の結び

    やがて、随鳳学長が立ち上がった。

    「皆の者。本日の講義、いかがであったかな」

    「面白かった!」

    「お経が怖くなくなった!」

    「字をもっと上手に書きたい!」

    「和尚様、また来て!」

    学長は満足そうに頷いた。

    「うむ。よいよい」

    そして、ゆっくりと言葉を続けた。

    「学問とは、知識を頭に詰め込むことだけではない」

    子供たちは静かになった。

    「文字を学ぶのは、言葉を知るため。言葉を知るのは、物事を理解するため。そして物事を理解するのは、己と他者を知るためでもある」

    学長は、子供たちの書いた半紙を見渡した。

    「今日、皆が書いた文字は、同じ手本を写したものであっても、一枚として同じものはない」

    「本当だ!」

    「それぞれ違う!」

    「そうじゃ。人も同じ。得手不得手も、考え方も、歩む道も違う」

    学長は微笑んだ。

    「だからこそ、互いを知ろうとする心が大切なのじゃ」

    最後に禅空和尚が、静かに合掌した。

    「皆の衆。般若心経は、わずか二百六十余字の短いお経じゃ」

    「短いの?」

    「ほっほっほ。覚えるには少々長いかもしれぬがのう」

    和尚は続けた。

    「その短い経の中に、人が苦しみをどう見つめ、どう智慧を育むかという、深い教えが込められておる」

    そして、ゆっくりと言った。

    「亡き人を弔うときにも唱える。じゃが、生きておる皆が、今日をどう生きるか。そのためにも学んでよいお経なのじゃ」


    八、一文字一仏

    講義が終わり、子供たちが帰り支度を始めた頃。

    一人の少女が、芽里伊先生の袖を引いた。

    「先生」

    「なあに?」

    「先生、最初に言ったよね。一文字一文字が仏様だって」

    「うん」

    「じゃあ、私が書いた下手くそな字にも、仏様がいるの?」

    芽里伊先生は、少女の半紙を覗き込んだ。

    少し曲がった「心」の字。

    払いも短く、形も整ってはいない。

    けれど、少女が一生懸命書いた文字だった。

    「もちろん!」

    芽里伊先生は、にっこり笑った。

    「だって、その一文字を大切に書こうとしたんでしょう?」

    「うん!」

    「だったら、そこにはちゃんと、仏様の教えを大切にしようとする心があるじゃない」

    少女は嬉しそうに半紙を胸に抱いた。

    その様子を見ていた禅空和尚が、ぽつりと呟いた。

    「なるほどのう。一文字一仏、か」

    随鳳学長が微笑む。

    「芽里伊先生らしい言葉でございますな」

    お千代さんも頷いた。

    「書の道にも通じる、よい言葉でございます」

    ところが当の芽里伊先生。

    「えっ? 私、そんな立派なこと言いました?」

    お凛先生が答えた。

    「はい。今朝、ご自分でおっしゃっておりました」

    「そうでしたっけ?」

    一同、大笑い。

    (笑)

    その日の夕暮れ。

    成願寺の境内には、子供たちの笑い声がいつまでも残っていた。

    般若心経。

    その文字は、亡き人を弔うためだけのものではない。

    生きている者が、自らの心を見つめるための智慧でもある。

    怒ることもある。

    悲しむこともある。

    欲に迷うこともある。

    誰かを羨み、誰かを憎み、自分の弱さに嫌気が差すこともある。

    それでも人は、学び、気づき、変わってゆける。

    そのことを、今日、子供たちは知った。

    そして、もう一つ。

    教える者もまた、学ぶ者であるということを。

    帰り道。

    芽里伊先生が、お凛先生に尋ねた。

    「ねえ、お凛先生」

    「何でしょう?」

    「明日の書写、何にしましょうか?」

    「まずは今日の般若心経を、もう一度書いてみてはいかがでしょう」

    「あっ! そうでした!」

    (笑)

    成願寺の本堂から、夕べの鐘が響いた。

    ゴォーン……。

    その音は、神田へ、大塚へ、そして元禄の江戸の空へと、静かに広がっていった。

    一文字を大切にすることは、そこに込められた智慧を大切にすること。

    人の心を知ろうとすることは、己の心を知ることでもある。

    一文字一仏。

    般若の智慧は、今日も人々の暮らしの中に息づいている。

    ――おしまい――

     
     
    料理人として四十余年。 仕込みと火入れの積み重ねの先にある一皿を綴っています。 水・火・刀を軸に、嘘のない料理と日々の気づきを記録。

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