
【胃瘻造設】(親の介護)
胃瘻(胃ろう)とは…
腹部に小さな穴を開けてチューブを入れて、胃と繋いでそこから直接栄養を入れる方法です。
胃ろうは内視鏡を使ってPEG(経皮内視鏡的胃瘻造設術)と呼ばれる方法でつくられることが多いです。PEG「ペグ」と読みます。
ただし胃の手術後など、いくつかの場合では開腹手術をしてつくることもあります。
胃ろうの管(カテーテル)は定期的な交換が必要になります。
進行性核上性麻痺で誤嚥がひどくなり、
窒息の危険性も高くなってしまった父の安全面と介助する家族の負担を軽減する目的で、胃ろう造設に踏み切ることになりました。
「胃ろうという選択肢もあるよ」と教えてくださったのは大学病院の主治医だったのですが、その大学病院では胃ろう造設をやれないと言われ、胃ろう造設をやれる病院に紹介状を書いてもらって手術をしてもらう事になりました。
幸いにも、自宅から15分程度で移動出来る距離の病院を紹介してもらえたため、入院中の父の着替えを届けたりするのは、大学病院に検査入院した時よりも格段に楽でした。
胃ろう造設の手術自体は、難しいものではなく、入院期間も本当は2〜3日で済むものだったのですが、胃ろう造設を受け入れてくださった病院の方から、「ご家族の休息と自宅に帰ってからの胃ろうのお世話の仕方などをしっかり覚えるために、ちょっと長めに入院してはどうですか?」と言ってもらえて、母も大喜びだったので、約1ヶ月半程入院期間を取らせてもらいました。
入院の当日(手術の前日)、病棟で手術をして下さる担当医とお話をした時に、
「胃ろうをつけても口から食事は取れるけど、どうしますか?」と言われました。
「自宅ではむせて窒息しそうなレベルだったので…」と伝えたのですが、
「食事を摂ることは生きる上での楽しみなので、口から食事を取らなくなると認知症が進行しやすくなるケースがあるんですよ」と、言われました。
「窒息の危険性を回避したい」ばかりが先行してしまっていて、違う病気に対してのデメリットがあるなんて、思いもしなかったので、急に不安になりました。
認知機能の低下はあったと思います….でも、まだ認知症ではなかったので、胃ろうをつけたことで認知症になってしまったら、状況はさらに悪化してしまいます。それでは本末転倒です。
医師との相談の末に、胃ろうからの栄養剤を朝昼夕1本ずつにして、夕食だけ出してもらって様子をみようということになりました。
「もし、万が一窒息しかけたとしても、自宅とは違って病院なので、詰まってしまったものを吸い出すことも出来るから、様子を見つつ介助します」と言っていただいたので、お願いする形になりました。
その後、夕食の様子を聞く機会があったのですが、なんと「食事中にほとんどむせていない」と言われました。私と母はキツネにつままれたようで、納得がいきませんでした。
「あんなに家ではむせていたのに…」
第三者に一度あの一口目からむせる姿を見て欲しかった(私達が嘘をいっているわけではない事を実際に見て欲しかった)のですが、父は基本外面が良いので、自宅で家族に介助されて食事をする時よりも慎重に飲み込んでいたのではないか…と思います。
病院でできるなら、自宅でも慎重に飲み込んで欲しかった…
退院の日程がおおよそ決まって、胃ろうのお世話の方法を教えてもらうことになりました。
胃ろうのお世話なんて、未知の世界なのでとても緊張しましたが、担当の看護師さんが手書きのイラスト入りの冊子を作って細かくレクチャーして下さいました。
実技指導は3回受けさせて頂きました。
退院を1週間後に控えた頃に、自宅へ帰った後のことを想定して、病院の理学療法士さんと担当の看護師さんとソーシャルワーカーさんが父を連れて一時帰宅をしました。
どんな車で、どのように乗せて、自宅の駐車場から家の中をどう歩いてベッドまで移動出来るかなど、父の動きを見ながら細かくチェックして下さいました。
「ここまでやってくださるんだ…」とちょっと驚きましたが、「すごいな…ありがたいな…」と思った事は今でも忘れられません。
父は私の車と同じ軽自動車に乗って、リハビリの方と担当看護師さんに支えられながら自分の足で家へ帰ってきました。
本当に短い一時帰宅で滞在30分ぐらいでしたが、自分のベッドに横になってちょっと休憩して…
また、支えられながら病院へ戻って行きました。
退院は一時帰宅の6日後でした。
退院前日に面会に行き、
「明日、家に帰るからね!」と父にもちゃんと話して帰りました。
翌日、父を病院へ迎えに行くと、
予期せぬ事態になっていました…
(予期せぬ事態 へつづく)