
性中説
人間は、善でも悪でもない。
昔、中国に二人の偉い思想家がいた。
一人は孟子。 人間は生まれながらにして善の心を持っていると説いた。
もう一人は荀子。 人間は生まれながらに欲望を持ち、それを放っておけば争いが生まれると説いた。
二人は、人間とは何かを考え続けた。
性善説と性悪説。
どちらも、人間を理解しようとした立派な思想だった。
けれど、ある日、一人の男が言った。
「どっちでもええやん」
二人は驚いた。
「なんと無礼な。人間は善なのか、悪なのか。それを考えているのだ」
男は答えた。
「そんなん、時と場合によるやろ」
二人は顔を見合わせた。
男は続けた。
「生まれたばかりの赤ん坊を見てみい。無邪気で、純粋で、欲しいものは欲しい。泣いてでも手に入れようとする。ときには残酷なこともする。でも、それを悪と呼ぶんか?」
「では、成長した人間はどうだ」
「環境によって変わるやろ。優しくもなるし、意地悪にもなる。誰かを助けることもあれば、傷つけることもある」
「それでは、人間の本質は何なのだ」
男は少し考えた。
「人間の本質なんて、ひとつに決められるもんやないんちゃうか」
二人は黙った。
男は、さらに話を続けた。
あるところに、怪獣が現れた。
怪獣は何もしていなかった。
ただ、そこに立っていた。
人々は叫んだ。
「怪獣だ! 危険だ! やっつけろ!」
怪獣は逃げた。
それでも人間は追いかけた。
怪獣は泣いた。
人間は言った。
「泣いたって許さない。お前は怪獣なんだから」
男は二人に尋ねた。
「これ、正義なんかな?」
二人は答えられなかった。
男は笑った。
「人間は、自分が正しいと思ったときほど、相手のことを見なくなるんやな」
しばらくして、男は二人に別れを告げた。
「僕は善人になろうとも、悪人になろうとも思わん。自分の中に何があるかを知って、その都度、自分で考えて生きていくわ」
二人は尋ねた。
「その思想を何と呼ぶのだ?」
男は振り返った。
「性中説」
「せいちゅうせつ?」
「そう。性善説でも性悪説でもない。人間は、そんな簡単に分けられるもんやない」
二人は、また顔を見合わせた。
男は歩き出した。
善いことをする日もあるだろう。
悪いことをしてしまう日もあるだろう。
誰かを愛することもあれば、誰かを傷つけることもある。
それでも、自分の人生を生きていく。
善と悪の真ん中に立つという意味ではない。
善と悪の両方を持ったまま、自分で選ぶということだ。
人間は、善でも悪でもない。
人間は、人間である。
そして男は、最後にこう言った。
「まあ、性中説も僕が勝手に言うてるだけやけどな」
おしまい。

この夜の話とは別に、
WhiskyCatのカウンターから生まれた物語をまとめています。
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