安心できる家庭が、ずっと欲しかった。
別居して、実家に戻ってきた。
忘れてた幼少期の記憶が蘇るんです。
間取りもそのまま。
なんなら大型家電もそのまま。
おいおい、思い出させにきてんのか?ww
かかってこいよww
てな感じで、幼少期の振り返り記事になります。
えー、最初に書きます。
こんな笑ってる人間じゃありませんでした。
家では常にビクビクして、いつ父親の不機嫌から爆弾が落とされるのかと身構えていました。
子どもなりのSOSをかなり出してました。
けど、それを素直に外に出せなかった自分もいた。
だからこそそんな幼少期の自分を自分で救うために書きます。
単に家に
居場所がない
安全な場所じゃない
だけじゃなかった。
自分が死んだところで誰が悲しむんだろう。
いなくても変わらなそう。
母親も父親も妹と弟さえいれば良さそう。
この思いが漠然と死にたいという思いにつながっていった。
幼少期されたことをフラッシュバックのように思い出すことが増えた。
記事に書いてないこともたくさんある。
例えばお風呂場。
あー、小さい頃なんか母親に怒られて外から鍵閉められて「ごめんなさい!ごめんなさい!開けて!!!もう悪いことしないから!許してください!」って叫んでたなあ。
いまは後期高齢者が拠点としてる居間
ここにこたつがあって、父親が食べようとしたカツをお腹空いたから食べちゃったらめちゃくちゃキレられたなあ。
けど、そこでおじいちゃんが「おい!ゆりーず泣いてんぞ。そんな食べ物ごときでキレて子どもじゃあるまいし。だせえ。」って言ってくれたんだよなあ。
お勝手のテーブルも変わってない。
ここでみんなで強制的にみんな一緒の夕ご飯だったなあ。
父親と一緒に食べるのが嫌でよく寝たふりしてたなあ…。
で、左手添えてないとものが飛んできたなあ。
そして別居してから借りてる部屋は元々父親が使っていた部屋。
はあ、この部屋ではとにかく理不尽に父親に怒鳴られたなあ。
「うがいしてこい!」って言われてふざけて「うがいってなにー?」って言ったらぶたれたなあ。
ちょーっと冗談言っただけでキレられたけど、あの時は「そんなことでキレなくてよくない?」ってなんか論破できたんだよなあ。
はい、まだまだ書ききれませんww
ま、こんなことが日常茶飯事で起きてたので、私の中ではある感情が芽生えます。
父親をここから消すためにどうしたらいいのか。
具体的な方法とかは書きません。
ですが、これは子どもなりの「ここから逃げたい」というSOSだったんだな、と今となっては思います。
あの頃の自分に会えるならただ一言。
「必ず逃げられる。大丈夫。離婚するけどなww」
とは、言ってあげたい。
けど、安心できる先って大人とは限らない。
自分の無償の愛を捧げたいと思える我が子の存在も大きい。
そしてたぶん、
そのSOSは大人になっても形を変えて残っていました。
ここからは、愛着障害と診断されたこと、
自傷や希死念慮、
そして「安心できる家庭」に執着した理由について書きます。