
また来ます、の本当の意味
「また来ますね」
接客業を経験したことがある人なら、一度は聞いたことがある言葉だと思う。
そして、その言葉が必ずしも「また来る」を意味しないことも知っている。
本当にまた来てくれる人もいれば、その日が最後になる人もいる。
だから販売員だった頃の私は、この言葉を聞いても過度に期待しないようにしていた。
けれど今振り返ると、本当に戻ってきてくれる人たちの「また来ます」には、共通するものがあったように思う。
様々なブランドで販売員として店頭に立っていると、「常連客」や「顧客」という言葉をよく耳にする。
歴の長い先輩スタッフには、何人もの常連客がいた。
「お前も早く、常連客と呼べるようなお客様ができるといいな」
先輩たちによく言われていた言葉だ。
決して嫌味ではない。
むしろ、自分にもそんな関係性を築ける日が来ることを願ってくれていたのだと思う。
当時の私は、お客様に喜んでもらえるよう接客を工夫し、店内の空気づくりにも気を配っていた。
商品説明もできる。
提案もできる。
クロージングまで辿り着くこともできる。
それでも、一度きりで終わってしまうことが少なくなかった。
なぜだろう。
今振り返ると、私は接客をしていたようで、販売をしていた。
目の前のお客様を見ているつもりで、商品の方を見ていたのだと思う。
世間話がしたい人もいる。
お気に入りの服を修理しながら大切に着続けている話を聞いてほしい人もいる。
近くに来たから少しだけ顔を出した、という人もいる。
極端な話、服を買いに来ていない人もいる。
そんなお客様が少しずつ増えてきた頃、あることに気づいた。
帰り際に言われる、
「また来ます」
という言葉の意味が、以前とは違って聞こえるようになったのだ。
私が思うに、
「また来ます」
という言葉の本当の意味は、
「また商品を買いに来ます」
ではない。
「またこの時間を過ごしに来ます」
なのだと思う。
人はモノを買っているようで、実はそれだけではない。
安心できる場所だったり、
気軽に立ち寄れる空気だったり、
自分を覚えていてくれる人との会話だったり。
そうした目に見えない価値に、人は何度も足を運ぶ。
商品はきっかけかもしれない。
けれど、また来たいと思う理由は、それだけではない。
だから今でも、「また来ますね」と言われると嬉しい。
それは売上の話ではない。
その人にとって、その場所が少しだけ居心地の良い場所になれたのかもしれないと思えるからだ。
販売員だった私は、長い間「何を売るか」を考えていた。
けれど、本当に大切だったのは「どんな時間を過ごしてもらうか」だったのだと思う。
「また来ます」
その一言は、
商品への評価ではなく、
その時間への評価だったのかもしれない。