
物まねはセーフ、AI音声カバーは侵害になりうる。法務省検討会が「声」に引いた線
名乗らない電話
声というのは、いちばん古い持ち物だと思う。生まれたときから使っているのに、持ち主だけが、それを外側から聞いたことがない。服なら脱いで畳めるし、鏡の前で確かめられる。声だけは、着たまま生まれて、着たまま暮らす。
夜の十時をすこし過ぎたころ、電話が鳴った。呼び出し音の鳴り方で、なんとなく相手の見当がつくことがある。気のせいだと分かってはいる。出ると、案の定、相手は名乗らなかった。かつての職場で、三年のあいだ机を並べていた人だ。名乗られたことは、一度もない。最初の「もしもし」の四文字で分かってしまうのだから、いまさら名乗る方が不自然なのだろう。用件があって掛けてくる人でもない。電話の向こうで、何かを齧る音がした。たぶん煎餅だった。
「何をしてたの」
「法務省の報告書を読んでいた」
「また渋いところを」
それから彼女は、先週、傘を三本続けて置き忘れた話をした。三本目で諦めたので、四本目はまだ買っていないという。「で、その報告書には何が書いてあったの」
この夏、法務省の検討会が「声」についての報告書をまとめた。人の声を、いまの法律がどこまで守ってくれるのかという整理だ。声には、氏名や肖像と同じように、その人の客を呼ぶ力を勝手に使われない権利と、そもそもみだりに使われない権利がある。だから、本人の声そっくりに歌わせたAI音声カバーをSNSに流して稼げば、侵害になりうる。法律そのものは一行も変わっていない。いまある法律で、もともとそこまで守られていたはずだ、という読み方が示された。そこまでをかいつまんで話すと、彼女は煎餅を齧り終えてから訊いた。
「じゃあ、物まねは駄目になるの」
「原則セーフ。芸だと分かるかぎりは。本人だと誤解させたら、話が変わる」
「よかった」
そう言うと、彼女は誰かの物まねを始めた。昔の職場で経理にいた人らしかった。似ていなかった。三年間隣の席にいた僕でなければ、誰の真似なのかも分からなかったはずだ。それでも僕には一発で分かって、少し笑った。あの物まねが通じるのは、声が似ているからではない。同じ三年間を知っているからだ。彼女はもうひとつ、別の物まねをやった。今度は本当に分からなかった。
「降参。誰」
「あなたよ」
電話の向こうで、彼女は満足そうに笑った。それから、電話代がもったいないから切るわね、と言った。宣言どおり、彼女は本当に切った。
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