
思っていたより、遠くまで。
最近のわたしの変化といえば…
いつもよりも少しだけ濃いめに、自分の奥にあるものを言葉にするということをしてみた。
これまでは、
「ここまでは、書かなくてもいいかな」と思っていたことや、
自分の中にしまっておけば、それでいいと思っていたこと。
そんなものを、少しずつではあるけれど、そっと言葉にしてみるようになった。
わたしは、自分のことをあまり見せたくないと思ってしまうタイプで、発信者としてどうなの?と思わないこともない。笑
さらに、やわらかい言葉を書くのは好きだけれど、実は、わたし自身が、いつもやわらかいわけではなくって。
自分に厳しかったり、妙なところで頑固だったりする。
むしろ、現実は、そんな自分ばっかりだ。
そんなわたしにも紆余曲折あって、最近は、「そういう頑固なところも、少しくらい書いてみようかな」と思うようになった。
全部じゃなくていい。
きれいに整えなくてもいい。
ただ、「ここに、わたしがいます」と思えるような、自分の中にある小さな言葉のカケラをひとつずつ、言葉にしてみる。
でも、そうして書いた記事を公開した後は、いつも少しだけ落ち着かなくって。
書いているときは、自分ひとりの部屋にいるような気持ちなのに、「公開する」を押した瞬間に、その言葉が、わたしだけのものではなくなる。
そういうところからくる、落ち着かなさなのかもしれない。
公開後の反応を想像しながらも、
それを考えすぎると公開できなくなる未来が見えてしまうから。
7割くらいOKを出せるのであれば、
「いってらっしゃい」と言って、言葉を送り出すことにしている。
そして、今回。
わたしが思っていたよりも、たくさんの人に読んでいただいた記事がある。
タイトルを見て、立ち止まってくれた。
そっと「スキ」を置いていってくれた。
そこにあった、わたしが知らない光景の数々。
次々に送っていただく「スキ」に気づいたとき、
普段ならうれしく思うはずのところなのかもしれないが、わたしは、少しだけソワソワしていた。
この記事は、自分の中では、
奥のほうにそっと置いたつもりだったから。
言葉にするということは、
自分の中にあるものを、少しだけ手放すことなのかもしれない。
わたしの中から放たれた言葉が、どこへ行くのかは、正直わからない。
思っていたより遠くで。
思っていたタイミングではない未来に。
わたしが知らないところで
誰かが受け取ってくれることがあるかもしれない。
そう思うと、
これから綴る言葉も、もう少しだけ素直に書いてみてもいいかもしれないな、と思う。
……とはいえ。
まだちょっとドキドキが止まらない。
この記事を公開してから、想像していたよりもたくさんの「スキ」をいただきました。
ありがとうございます。
正直なところ、こんなに読んでいただくとは思っていなくて。
うれしい気持ちと、
「こんなに読まれて大丈夫かしら…」という気持ちが、今でも入り混じっています。笑
これまでとは少し違う切り口で、自分のことを、いつもよりリアルに書いてみた記事でもあります。
なので、
「RaMの中の人って、本当にこんな人なの?」
と、ちょっと気になった方は
よかったら、そっと覗いてみてください。
いつものRaMより、ほんの少しだけ違う姿が
垣間見えるかもしれません。
良いか悪いかは、別として。笑
