
育てるように、暮らしていく。
わたしは、わたし自身を、ずっと急かしてきたのかもしれません。
種を蒔いたからには、芽が出ないと不安になる。
植物は、見ていない時間にも、見えないところでも、根を張り巡らせて育っていくものなのに。
待つ時間が、こわいのかな。
待てないんですよね。
自分に近ければ近いほど、その傾向が強くなります。
目に見えないものも想像して、受け取る。
わたしは、自分以外の相手に対してであれば息をするかのようにしていることを、自分に対して同様にするということが、難しいときがあります。
与えることばかり、上手になろうとしてきた代償なのでしょうか。
相手のことが優れているようにばかり見えて、わたし自身は、ぽつんと置いていかれているような気がするんです。
置いていかれないように
見捨てられないように
もっと、何かできることをしよう。
もっと、よくなりたい。
自分のことをよく見せようとして、無理に背伸びしようとしていたこともあったのかもしれないです。
そこに、在る。
ただそれだけでいいよ。
ほかの人には伝えられる言葉を、
自分に伝えてあげられないのは、なぜなんでしょうね。
「もう少し、わたしに受け皿のようなものがあったら、何か、力になれるのかな…。」
そのように弱音をこぼしたら、ある人が、静かに教えてくれたことがあります。
わたしが思っているより、わたしの存在は、もうちゃんと誰かの助けになっているのだ、と。
見えないものを受け取りきれていなかった。
ただそこに在るを許してあげられなかった。
それは、わたしのほうだったんですね。
育てているつもりで、いちばん水をあげられていなかったのは、わたし自身だったのかもしれません。
もしかしたら、「まだ、何もできていないな」と思う時間にも、わたしの中では、何かが育っているのかもしれません。
すぐに芽が出なくてもいい。
見えないところで、根を張っている時間もある。
そんなことを思いながら、
今夜は、少しだけゆっくり眠ろうと思います。
