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学生時代の卒業ソングが思い出せない代わりに、涙がこぼれた話【こころのnote】

    ある日の朝、夫を駅まで送っている車内。


    報道番組を流していたら、年代別の卒業ソングのランキングがテレビで流れてきた。

    助手席に座る夫は、すぐに、『これは「旅立ちの日に」でしょ。』と答えた。正解だった。


    わたしは、というと…何も思いつかなかった。


    正確に言えば、「仰げば尊し」の最初のパートくらいは出てきたけれど、どの時代の卒業式で何を歌ったかは、全くと言っていいほどに、思い出せなかった。

    その代わりに出てきたのは、両目から、一筋ずつの涙だった。


    運転中だったから、そのまま泣き続けるわけにもいかず、急いで意識を別のところに向けた。


    夫を降ろして、すっかり一人きりになった車内。

    わたしは、自分の学生時代の記憶が全く思い出せなかったことに、愕然とした。

    以下、過去のつらい時代の描写が一部含まれます。
    明るい話ではないので、読むのがしんどいと思う方も、いらっしゃるかもしれません。

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    今つながっている友だちは、大学時代からの付き合いの友人が、最も古い。

    学生時代、友人がいないとは思っていなかったけれど、今思うと本気で付き合った友だちは、数少ない。猫かぶりで、わたしの本質を見せたことはなかった。

    それが、つながりのなさに、現れていると思う。


    ある意味、大学生活のために、実家を出たことは、わたしにとって、大きな変化だった。


    過保護な母、無愛想で何を考えているかわからない父、自立した完璧な大人に見える父方祖父母、厳しい母方祖父と静かな母方祖母。

    高校までは、ある意味で、完全に守られた環境で過ごした。


    具体的に、どう暮らしてきたのか。
    学校で、どう立ちふるまいをして、過ごしていたかも全く思い出せない学生時代。

    この記憶の曖昧さは、安心感の揺らぎも感じられる。少し独特な雰囲気を持つ人たちが含まれる家庭という場の中だけでは、わたしは、わたしを知ることができず、わたしを生きてこれなかったみたいだ。


    そんなものだから、いざ当時のことを色で表そうと思っても、表すことはできない。


    その理由が、わかってしまったかもしれない。


    わたしに、色や景色という概念が、希薄だったんだ…。



    以前、こんな記事を書いた。

    確かに、書くことは、わたしに、彩りを与えてくれた。

    この記事では、社会人以降、特に色がなかったと書いている。


    でも、色のなさは、小さい頃から顕著だったことに心の底から気づいてしまって、朝から愕然としたのだ。


    ひとりになった車内で、いろいろ思い起こそうとする。

    だけど、過去のわたしによって、意味づけされた事実や言葉たちが、わたしのことを、必死に守ってくれようとしていた。

    その自分の分身言葉たちの健気さにも、涙した。 

    *--*--*--*--*--*--*--*--*

     
     

    RaM

     
     
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