
短編小説『晩御飯家族会議』
今日は何を食べようかと、家族会議が始まった。
父が言った。「カレーにしよう」。
私は「ヤバい」と思った。
あれは5日前だった。
カレーにコーンが入っていないと父が激怒したのだ。
「コーンの入っていないカレーはカレーじゃない。こんなもの食えるか!」と。
それを聞いた母も激怒し、「じゃあ食べなくていい」と三角コーナーにカレーを捨てた。
父は呆気にとられ、その日は終わった。
3日前は、「うどんは紅かまぼこじゃないと味が締まらない! これじゃラーメン食ってるみたいだ!」と言い出し、母をブチギレさせていた。
うどんに入っていたのはナルトだった。
そして今日、父は再びカレーと言った。
「はぁあ? カレー?」と母は言った。
「もうカレーは作らない。食いたいなら外で食ってこい!」
母は大きな足音で財布を取りに行き、金を取り出し父に投げつけた。500円玉2枚。
1枚は胸元だったが、もう1枚は額に当たった。
出た。母、得意の投げ。
3日前はニベアの缶だった。蓋が外れ、父のズボンはニベアまみれになっていた。
今日は500円玉。
父はうめき声を上げ、額を押さえている。
家の中は静まりかえり、誰も喋らない時間が過ぎた。
そして、父の額から血が流れ出した。
……まずい。
私は、緊迫した場面になると笑いたくなる癖がある。
おじいちゃんのお葬式の時もそうだった。
みんな悲しみで肩を震わせる中、私は笑いを堪えるのに必死で肩を震わせていた。
ダメだ、もう我慢できない。
ついに我慢できず、おかしくなって父の方を見て噴き出した。
目の前に、金を投げつけられて血を流している大人がいる。
しかも私の父なのだ。
笑ってはいけないと思えば思うほど、笑いが止まらない。
ついに声を上げ、涙を流しながら笑ってしまった。
しばらく呆然と私を見ていた母も、次第に堪えきれなくなり、噴き出し笑い出した。
収まりがつかないのは、父である。
額を手で押さえ、その隙間から血が流れているのだ。
顔を真っ赤にした父は、額を押さえながら、服に当たった500円玉を手にし、母に勢いよく投げ返した。
これはいけない。母は物を投げてもいいが、父が投げ返すとバイオレンスである。
投げられた500円玉は母の顔のすぐ横を通り、派手な音を立てて冷蔵庫にぶつかった。
……もう笑えない。
空気は凍りつき、コインが転がる音だけが鳴っている。
沈黙が流れた。額の血が固まりだした頃、父が母に小さく言った。
「……ごめん。やりすぎた」
「私もやりすぎた……ごめんね」と、母も返した。
良かった。収まった。ヤバかった。
晩御飯はコーンカレーになった。
台所で母が鼻歌を歌いながら、手際よくカレーを作っている。
父はソファに横になってテレビを見ている。タレントが野良猫を保護する番組を見て泣いているようだ。
額に貼られた絆創膏は、血で鈍く染まっている。
私はダイニングテーブルの椅子に座り、2人を横目に見ながらスマホで期末テストの勉強をしている。
穏やかな、いつも通りの日常に戻った。
「コーンカレー、できたよ」と母が父を呼ぶ。
父はテレビを消し、鼻をすすりながらダイニングテーブルにやってきた。
父がテーブルに並ぶコーンカレーを見た。
……表情がなくなった。
そして大きな声を張り上げる。
「なんだこれは!? 俺が言ったカレーじゃあないじゃないか!」
母が作ったカレーには粒コーンが入っていた。
父が言いたかったのは「ベビーコーン」だったらしい。
そうだったのか。……聞いてない。
収まらない父はさらに吠え続ける。
「あれだけ言っただろう! なんでお前はいつも……」
言ってない。絶対、言ってない。
怒りを通り越して悲しくなった母は、目に涙を浮かべ、少し震えている。
ここは私が何とかしなくては。
穏やかな日常を取り戻せるのは、もはや私しかいない。
何か……何かないか。
あった。目の前のコーンカレーだ。
私は急いでコーンの粒を探し、一個ずつ歯に差し込んでいく。
一瞬だけ、父の言葉が止まった。
今だ。ここしかない。
大きな声で叫んだ。
「ちょっといい!?」
2人の視線がこっちに向いた。
「コーンなになっちゃった!!」
ニッと開いた口。歯にはコーンがびっちり被せてある。
心臓の音が頭の中に響いてる……吉と出るか、凶と出るか。
次の瞬間、視線を逸らした母は「もう食べなくていい!!」と言ってカレーを三角コーナーに叩きつけ、父は投げつけられた小銭を持って出て行った。
私は宙を見つめたままダイニングテーブルで固まっていた。
家の中にカレーの匂いだけ漂っていた。
歯に被せたコーンはそのままに……。