
『美術館の庭にて』
イングリッシュガーデンと聞いて私が思い出すのは、
物心ついた頃、父に連れられて行った某美術館の庭のことです。
そこには、小さな薔薇園があって噴水や花壇などもありました。
その中でひときわ目を引いたのが、薔薇を這わせた長いアーチのトンネル。
季節は、冬。
色のない世界の中で、淡い黄色にほんのりとピンクを交えた
大輪の花がひとつふたつと花咲かせる姿は神々しく、
幼かった自分にも深い印象を与えました。
札(ふだ)にあった薔薇の名は『ピース』。
響きがよかったのかその名もその場で覚えました。
第二次世界大戦後に平和(Peace)を願って名付けられた品種だと
知ったのは、ずいぶん後になってからのことですが、
20世紀を代表する薔薇の殿堂。
数年前、何十年ぶりかでその美術館を訪れたら
当時の面影を残したまま、まだその庭はありました。
そして、今は少々錆びれかけてしまったその庭に
アーチにからまった見覚えある薔薇を見つけたのです。
私は、にわかには信じられませんでした。
まさかこれはあの時の同じ薔薇だろうか・・?
幹の太さや枝ぶりからすると確かにかなりの歳月が感じられます。
きっと大事に育てられてきたのでしょうが
この閉ざされたような空間で
同じ時をこの薔薇は、ずっとこの場所で刻み続けてきたのかと思うと
感慨深いものがありました。
『この薔薇は、私を覚えてくれているだろうか?』
私は、傍らのベンチに座り天を仰ぎながら
おそらくは自分の人生で一番幸せだったであろう頃のことを
しばし思い返しておりました。
そこは、早くに逝ってしまった父との
数少ない思い出の場所でもあったからです。