
椅子が硬いと喉が渇く
カウントはワンボール、ツーストライクだったはず。
打席から飛ぶように離れた彼は、右の上腕を左手で抑えて、
ドームの天井を大げさに仰いだり、俯いたりを数回繰り返す。
短い誰かの悲鳴と、存在したかもわからないほどの沈黙の後、
蜂やハエが飛ぶような音がどこからともなく沸いた。
ライト側にいる立ったままの人たちは、
片腕、もしくは両腕を上下に動かしてさらに熱心だ。
屋内だからだろうか。
ゆっくりと低くなっていく独特な音は、
芝生の上で立ち位置を守る彼らの動きを鈍くした。
この椅子はこんなに硬かったか?
元に戻りたくなって、プラカップを口へ傾けた。
喉がぬるさで気持ち悪くなった頃、
女性の声でアナウンスが流れる。
硬球に当たった彼は、いつの間にか連れて行かれたようだ。
手持ち無沙汰になった音の元は火を消しきれず、
グラウンドに向かって羽音ではない何かを吐く。
たぶん、誰にも聞こえなくていい。
球場全体の音がほとんど人の声に変化すると、
呪いが解けたのか、全てのものが動きを取り戻した。
平熱を見計らったように、さっきと同じ女性が交代を告げる。
温度はまた上がっていく。
彼が戻らないらしい事実を認めて、
拍手の中にもまだ、束にはなれない鈍い音が潜んでいた。
個としての振る舞いだろうか。
そうだとして、同じ音を出すのだろうか。
そうだとして、同じように腕を振るのだろうか。
矛先にあるものが、どうなれば満たされる。
あの低すぎる丘の上で、ひとり帽子を取って、
成り行きを伺うもう一人の彼は、
盾を準備できていたらいい。
丘の上の彼は今、攻撃の時間じゃなかったはずだ。