
とある平日のはなし
平日の午前中に、家族三人がそろっている。
なんだか不思議な光景だった。
僕は休み。妻は午後から仕事で、娘も今日は家にいる。
こんな日は、少し遠出でもしたくなる。
もっとも、今日は娘のマイナンバーカードの用事で、区役所へ行かなくてはならない。
台風が近づいているらしい。
窓の外には、今にも雨を降らせたそうな鈍い色の空が広がっていた。
三人で車に乗り込む。
せっかくなので、ナット・キング・コールのクリスマスのアルバムを流した。
「まだ早くない?」
娘が言った。
「二か月くらいあるよ?」
ハロウィンが終われば、世の中はクリスマスのはずである。
少し先取りしたっていいじゃないか。
僕はそのまま車を走らせた。
区役所での用事は、思いのほか順調に済んだ。
車に戻り、僕は二人に声をかけた。
「みなさん、お疲れさま。どう? お昼でも食べていかない?」
「あたし、これから仕事なんだけど?」
妻が言った。
知っている。
ただ、少しくらい寄り道できるかもしれないじゃないか。
「じゃあ、スーパーでお昼ご飯でも買って帰る?」
「あたしもやることあるから、まっすぐ帰ろうよ」
今度は娘だった。
そうか。
二人とも、そんなに帰りたいのか。
車内では、まだクリスマスソングが流れている。
僕だけが二か月先のことを楽しみにして、二人は今日の予定に追われている。
雨はまだ降らなかった。
家に着いた。
靴を脱ぎ、ようやくひと息ついたところで、妻が言った。
「パスタにしようと思ったけど、材料がないや」
「じゃあ、買いに行こうか」
娘が言った。
さっきまで、あんなに帰りたがっていた二人が、もう出かける相談をしている。
「あなたも行く?」
「いや、僕はいいや」
「なんで?」
なんで、と言われても困る。
僕はもう帰ってきたのである。
帰り道に寄るスーパーと、帰宅してから行くスーパーは、まったく別のものだ。
妻と娘は、そんなことを気にする様子もなく出かけていった。
玄関のドアが閉まる音がした。
僕はソファに座ったまま、しばらくその音の余韻を聞いていた。
せっかく三人そろっていたのにな。
そう思ったら、急に落ち着かなくなった。
僕は立ち上がり、玄関へ向かった。
靴を履き、慌てて二人のあとを追う。
もう一度、ドアが閉まる音がした。
家の中は、再び静寂に包まれた。