
三月三十日の風光
ようやく咲きそろった桜花に、雨が降りそそいでいる。
唐代の詩人の賈島(かとう)は、千二百年前の今日のこの日のことを、『三月晦日贈劉評事』という詩に詠んだ。
三月正当三十日(三月、ちょうど今日は三十日)
風光別我苦吟身(春の風光は、苦吟するこの身に分かれ去って行く)
共君今夜不須睡(君とともに今夜は眠らずに過ごそう)
未到暁鐘猶是春(暁の鐘が鳴らないうちは、まだ春なのだから)
◾️ 友と語らう
作者の賈島は、「僧は敲く、月下の門」の句を「敲く」にするか「推す」にすべきか悩みながら道を歩くうち、韓愈の行列にぶつかってしまう、あの「推敲」の成語のもととなった詩人だ。
二句目の「苦吟身」とは、そういう悩み抜いて詩作する姿を指しており、進まない筆を、春の風光が追い越すように過ぎ去ってゆく様子を、ため息とともに描いている。
ところが三句目に詩の趣が一変する。
行く春に追い越されないように、君とともに眠らずにすごそうではないかと、詩作の悩みそのものを、詩に溶け込ませていく。ひとりで悩みに沈潜するのではなく、俯瞰してそれを共有できる友との語らいへと転じるのだ。
そして、まだ大丈夫、春はまだ過ぎ去ってはいない、とみずからを励ますように四句目を結ぶ。春の柔らかな空気が、あたりを包んでいる。
◾️ 飄々とした詩境
この賈島には『尋隠者不遇(隠者を尋ねて遇わず)』という詩がある。
松下問童子(松の木の下で童子に隠者の行方を尋ねると)
言師採薬去(師は薬草採りに山へ出掛けておりますと答える)
只在此山中(今は、この奥深い山中の何処かに居るけれども)
雲深不知処(あまりに雲が深くて、何処に居るかは判りません)
隠者の隠者らしいところを描いた詩だが、どこかとぼけた味わいがある。
老師のゆくえを遠い目で追う童子の視線に、その視線を追う聞き手の視線が重なって、そのいずれも脱力したような眼差しなのだ。読者の眼前にも、霧がかかった世界が広がる。
童子の視線が加わることで、詩の世界は奥行きを帯びる。三月三十日の詩に、眠らずに語らう友が現れて、世界がひらけるのと、どこか似ている。
ちなみに、博多の禅僧、仙厓和尚の遺偈(ゆいげ=最期の言葉)は前掲の詩『尋隠者不遇』と同じ「雲深不知処」で結ばれている。
生死の境をさまよう自分自身を俯瞰し、「まるで隠者のように何処にいるのかわからないじゃないか」と弟子たちとともに笑い飛ばすような結句だ。
この遺偈もまた、春の霞の中にいるかのような、不思議な魅力をかもし出している。──雲深くして、知るところなし。