
2. 私はSDAの病院で生まれた
私はSDAの病院で生まれた
私は、セブンスデー・アドベンチスト(SDA)教会の病院で生まれました。
自分で信仰を選んだわけではありません。気づいたときには、すでに家族の中に信仰があり、そのすぐそばに教会がありました。残っている記録を見ると、生まれて間もなく献児式にも出されています。
だから私にとってSDAは、ある日出会った宗教ではありません。物心がつくより前から、世界の一部としてそこにありました。
子どもの頃の私は、「家族の考え」「教会の考え」「神様の考え」をうまく区別できませんでした。
大人が言っていることは、親としての言葉なのか。信仰者としての言葉なのか。教会で教えられたことなのか。それとも、本当に神様がそう言っているのか。
その境界が、私には見えませんでした。
家の中では、聖書や宗教的な説明がよく使われていました。私は小学校低学年のころには、親が読んでいたしつけの本を自分でも読むようになっていました。大人が言っていることの理由を、子どもなりに確かめたかったのだと思います。そこで、一つのことに気づきました。
親から聞いていた言葉のすべてが、親自身の言葉ではなかったのです。
聖書の言葉。本に書かれた言葉。教会で聞いた言葉。そして、その間に親自身の解釈が入っていました。
もちろん、信仰や本を参考にして子どもを育てること自体がおかしいとは思いません。
ただ、子どもの私には、その違いが分からなかったのです。
「神様がそう言っている」と思っていたものが、一人の大人の解釈だったのかもしれない。
「教会ではそう決まっている」と思っていたことが、家族の中だけのルールだったのかもしれない。
逆に、家庭の問題だと思っていたことに、教会の価値観が深く入り込んでいたこともありました。
私はたぶん、ずっとその境界を探していました。
誰が決めたのか。
なぜそうしなければならないのか。
違う考えを持ってもいいのか。
「分からない」と言ってもいいのか。
当時は、それを説明する言葉を持っていませんでした。
ただ、
何かが混ざっている。
そんな感覚だけが残りました。
大人になり、法律や社会の仕組みを知り、教会の外にいる人たちと出会ううちに、かつて一つに見えていたものが少しずつ分かれて見えるようになりました。
家族は家族。
教会は教会。
信仰は信仰。
法律は法律。
そして、自分は自分。
今ならそう言えます。
でも、自分が生まれる前からそこにある世界は、子どもにとって「選択肢の一つ」ではありません。
それが、世界そのものです。
だから私は、「SDAをいつ知ったのか」と聞かれてもうまく答えられません。知ったという記憶がないからです。
私はSDAの病院で生まれました。
そして、教会と家族と信仰の境界がまだ見えない世界の中で、少しずつ周囲を見始めました。
そこから、私の「なぜ」が始まったのだと思います。