
23.三育学院を卒業しても、先生は先生だったのか
三育学院を卒業してから、長い時間が経っていました。
2008年9月、東京のお茶の水で、在学中の担任だった先生と再会しました。宗教的なつながりを通じて母親に連絡があり、私に会いたいという話が伝わってきたと記憶しています。私も、かつてのご縁を大切にしたいと思い、会いに行きました。
先生は、在学中の私について語りました。
「君を忘れたことはない。いつも笑顔だったけれど、目は笑っていなかった。まるでピエロのようだった。決して自分にはできないと思ったよ。」
周囲に合わせようとしていた当時の私を、先生は覚えていたのです。
しかし、その後の会話は忘れられないものになりました。
先生は、ある対象にお金を出すよう勧め始めました。世界の研究者が100本以上の論文を書いているという資料の説明が、30分以上続きました。
私が強く覚えているのは、資料でも金銭の話でもありません。
先生の目でした。
私は、その目に恐怖を感じました。かつて私の目が笑っていなかったことを覚えていた先生を前に、今度は私が先生の目を怖いと感じていたのです。
先生は、三育学院の学校説明会のために東京へ出張していると話していました。私は、この面会と学校業務との関係にも疑問を感じました。
そして、先生自身の考えが聞こえてこないと感じ、尋ねました。
「大変失礼ですが、ここ30分、ご自身の言葉で話していないですよね。」
すると先生は、すぐに席を立ち、店を出ていきました。理由は分かりません。
しかし、私には子どもの頃からの経験と重なりました。大人が正しいとされる言葉を語り、理由を尋ねると説明が続かなくなる。それでも信頼や理解を求めてくる。
在学中、先生の授業では核戦争後の世界を描いた映画を繰り返し見せられました。当時の私には恐ろしい映像でした。後年、先生がインタビューで「すべて神様が与えてくださる」という趣旨の発言をしていることも知りました。
恐ろしい未来を示され、信仰が救いにつながると教えられる環境で、子どもは自由に考え、判断できていたのでしょうか。先生が意図的に恐怖を利用したと断定するつもりはありません。
私はもう、先生に従う生徒ではありません。
それでも、なぜこの集団との関係では、大人になった今も対等に話すことが難しいと感じるのでしょうか。
右手には地獄、左手には天国。終末が迫ると語り、三育学院や教会で外部との接触を制限する。そして、宗教や教育の権威、かつての人間関係を背景に、金銭的な勧誘が持ち込まれる。
再会時の説明も、後にネットワークビジネスに関係する勧誘だったと理解しました。
その後、ほかの卒業生や教団関係者も同様の金銭的な勧誘を受けていたと知人から聞きました。
私には、これらが別々の出来事ではなく、子どもの頃から続く一連の構造として感じられました。
学校説明会の出張中だった先生の面会は、学校業務だったのか、私的な活動だったのか。私には分かりません。
しかし、教育者と教え子の関係や宗教的な信頼が、私的な利益につながる勧誘に利用されることはないのでしょうか。
学校や教団には、こうした利益相反の可能性を把握し、検証する仕組みがあるのでしょうか。
私が問いたいのは、まさにそのことです。