
結婚したかったのに、別れを切り出した日
付き合って半年くらい経った頃。
友達が産んだ双子ちゃんに会いに行った。
小さくて、
ふわふわで、
びっくりするくらい可愛かった。
抱っこさせてもらいながら、
「いいなぁ」
と思った。
同時に、
「のんびりしてる場合じゃないな」
とも思った。
⸻
彼との関係は順調だった。
結婚の話もできるし、
価値観の話もできる。
この人となら大丈夫かもしれない。
そう思える相手だった。
でも、ひとつだけ大きな問題があった。
彼は全国転勤のある仕事だった。
関西出身で、
転勤で私の地元に来ていて、
数年ごとに全国を異動する可能性がある。
私の地元で既に3拠点目。関東・中越・北陸と様々な場所を転々としていた。
一方で私は、全国企業から両親の病気の関係で
地元のベンチャー企業に転職してまだ1ヶ月。
両親も地元にいる。
将来子どもができたとき。
両親の近くで子育てしたいと思うかもしれない。
親のことも気になるかもしれない。
そう考え始めると、
不安ばかりが大きくなった。
⸻
彼は言ってくれていた。
「必要なら転職してもいいよ」
と。
でも私は、
それが正解だとは思えなかった。
彼の仕事はかなり安定していたし、
私の地元は平均年収が低く、もし転職すれば確実に年収がガクッと下がる。
私と結婚するために、
彼が大きなものを手放す未来を想像すると苦しくなった。
だったら。
もっと早く決断した方がいいのかもしれない。
傷が浅いうちに。
そう思った。
⸻
ある日。
いつものように彼の家へ行った。
ほぼ半同棲みたいな状態だったから、
私の荷物もたくさん置いてあった。
私は黙って荷物をまとめた。
このまま帰ろうと思った。
告白された日みたいに。
また逃げようとしていた。
⸻
でも、
ちゃんと話さなきゃ。
そう思った。
ソファに座った。
彼はすぐ異変に気付いた。
「どうしたの?」
そう聞かれた瞬間。
何も言えなくなった。
⸻
別れようと思って来たはずだった。
でも。
言葉が出てこなかった。
たった半年。
それなのに、
今までの苦しかった恋愛が全部、
この人と出会うための時間だったんじゃないか。
そう思うくらい幸せだった。
別れたいわけじゃない。
むしろその逆だった。
好きだった。
大好きだった。
だからこそ苦しかった。
気付いたら涙が止まらなくなっていた。
⸻
彼は初めて見る私の涙に焦っていた。
「どうしたの?」
「仕事しんどい?」
「距離置きたい?」
「俺なんかした?」
普段は驚くほど落ち着いている人なのに、
その日は明らかに動揺していた。
顔まで少し歪んでいた。
たぶん。
別れ話だと思ったんだと思う。
⸻
私は少しずつ話した。
双子ちゃんを見たこと。
家族が欲しいと思ったこと。
年齢的な焦りがあること。
全国転勤が不安なこと。
現実的に難しいなら、
別れた方がいいと思ったこと。
全部。
正直に。
⸻
彼は最後まで黙って聞いていた。
そして一言目に言った。
「そんなことで別れたくない。」
その言葉に驚いた。
彼は続けた。
「結婚や出産の事情があれば転勤を延ばせる制度があるって聞いたことある。」
「地域限定社員制度もあるかもしれない。」
「まず会社に確認する。」
「それでも無理なら転職も考える。」
少しも迷わず言った。
そして。
「別れる選択肢は俺の中にはないよ。」
そう言った。
⸻
そのあと。
彼は私を抱きしめながら言った。
「結婚しよう。」
「ご両親にも挨拶させて?」
私はまた泣いた。
今度は安心して。
⸻
そこから私たちの作戦会議が始まった。
両親への挨拶。
たぶん最大の難関。
全国転勤の話は必ず出る。
だから事前に準備した。
会社の制度を調べること。
今後の働き方を説明できるようにすること。
地元で暮らす意思があること。
同棲も含めて将来を真剣に考えていること。
全部整理した。
いざという時のために。
⸻
そして迎えた当日。
料亭での顔合わせ。
私の中では完全にラスボス戦だった。
案の定、
全国転勤の話は出た。
でも。
彼は落ち着いていた。
丁寧に話していた。
店員さんへの接し方も、
両親への気遣いも、
言葉遣いも自然だった。
私は横で見ながら、
「あぁ、この人なら大丈夫だな」
と思っていた。
⸻
食事が終わる頃。
父が言った。
「今後ともうちの娘をよろしくね。」
その瞬間。
胸の奥にあった重たい石が、
すっと消えた気がした。
⸻
帰り道。
彼は言った。
「認めてもらえた気がしない。」
かなり緊張していたらしい。
でも私は知っていた。
両親が思った以上に嬉しそうだったことを。
何度も彼の話をしていたことを。
だから笑いながら言った。
「大丈夫だよ。」
⸻
結婚したかったから、
別れようと思った日があった。
でもあの日、
ちゃんと話して良かった。
逃げなくて良かった。
人生の大事な場面ほど、
本当は逃げたくなる。
だけど、
勇気を出して向き合った先には、
想像していたより優しい未来が待っているのかもしれない。
次回は、
両親公認になった私たちが、
結婚へ向けて本格的に動き始めた頃の話です。