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「好き」を仕事にするのは幸せか?


    好きなことを仕事にしたい。


    そう考えたことがあるという人は少なくないのではなかろうか。
    私も、好きなことを仕事にできたらどんなに素敵だろうと考えた一人だ。

    一方で「好きなことを仕事にすることはできない」と思っていたうちの一人でもある。


    悟り|齢十にして現実を見る

    そう思わされたのは、幼い頃に読んだ児童書『マリア探偵社』というシリーズ作品だ。ミステリが大好きだった私は何度も何度も繰り返し読んだ。


    『マリア探偵社』(通称マリ探)は、主人公・カオリンが小学生ならではの柔らかい頭脳を持って事件を解決するストーリーなのだが、幼い自分はカオリンへの憧れよりも、カオリンの叔母・亀子への同情の気持ちが強かった。

    探偵として華麗に事件を解決し大金持ちになることを夢見る亀子だが、実際に来る仕事は迷子の猫探しのような地味な依頼ばかり。たまに来る大きな仕事も、おいしいところはカオリンが掻っ攫ってしまう。

    主人公はキラキラしたレールを歩けるけど、凡人はその脇を必死に走るしかない。
    「好き」や「憧れ」を仕事にするのは選ばれた人間にのみ許されたことなのだと、当時10歳の私は悟った。

    根底|好きじゃなくても仕事はできる

    「好き」を仕事にすることを早々に諦めた私は、新卒で事務系の仕事に就いた。
    事務職の良いところは、とにかく手を動かしていれば仕事が片付いていくところである。
    やる気に満ちた日も、少しもやる気が出ない日も、やることは決まっているから、とにかく手を動かせば良い。

    やっているうちに要領が分かってきて、仕事のスピードが上がったり、より効率的な方法を編み出したりするのも楽しかった。

    そうやってタスクを消化していくのは、ゲームを攻略していく感覚と少し似ている。順番に敵を倒していって、倒していくうちにレベルが上がり、相手の弱点も分かってきて、次に遭った時には前よりも早く倒せるようになっている。


    そんな風に淡々と仕事をこなし、休日は推し活にいそしむ。推しでパワーチャージして、また平日を乗り切る。仕事がどんなに辛くても、推しのためなら頑張れたし、推しに元気をもらえたら、また頑張ることができる。これが私の社会人生活だった。

    これに何の不満のなかったし、むしろ理想的な生活だった。


    転機|すべてが変わった2020年

    そんな私に転機が訪れたのは、2020年のこと。新型コロナウイルスが猛威を奮い始めた頃だ。
    それまで推し活のために仕事をしていた私だが、この年は予定していたライブがすべて中止になった。旅行もすべてキャンセル。友人の分まで申し込んでいたものが、どんどん返金された。一時的な金持ち気分だが、全然嬉しくない。

    何のために働いているのか、分からなくなった。
    まさか世界がこんな風になってしまうだなんて、誰が想像しただろう。


    大人しく外出自粛している間に、私はこれからの人生のことを考えた。
    自分はこのままで良いのだろうか。

    「好き」を得ることがこんなに難しくなってしまうなら、今よりもう少し「好き」なことを仕事にした方が良いんじゃないだろうか。
    私の頭に「転職」の文字がちらつき始めた。


    決意|「好き」を仕事に


    「転職」しよう。

    一度そう思ったら、行動は早かった。

    経験者歓迎の求人が並ぶ中、やっとの思いで未経験者でも面接を受けさせてくれる会社を見つけすぐに応募。
    運良く採用してもらえたので、事務職は辞めた。

    まったく違う業界でやっていける自信があったのかと言われると、正直微妙だ。
    「辞めたい」という思いが膨らんでしまい、勢いで転職してしまった感もなくはない。

    それでも最終的には自分の意思で、「好き」を仕事にしていくことにした。

    この決断は正しかった。
    あの時そう判断して良かった。

    そう思えるように頑張ろうと心に決めた。


    弊害|「好き」だから傷つく

    「好き」を仕事にすると、仕事を「面白い」と感じることが格段に増えた。そりゃあそうだ。「好き」だから。

    仕事が面白いから、満足に推し活ができなくても、日々が少し楽しくなった。そういう意味では、転職をして良かったと思う。


    しかし、仕事は仕事。


    やっぱり嫌なこともたくさんある。どんな仕事も楽しいばかりじゃない。
    むしろ傷つくことは増えたかもしれない。

    好きなことって、多少なりとも自分が自信を持っているものだから、それでミスをしたり、他人から指摘を受けたりすると、ものすごく落ち込む。


    必要以上に落ち込んでしまう理由には私なりに検討がついている。
    「仕事」に自分の魂を注いでしまうからだ。

    魂を込めて仕上げた「仕事」を否定されることは、自分自身を否定されることと同義に感じてしまう。
    もちろんそんなことはない。指摘をくれる人は純粋に「より良くすること」しか考えていなくて、私を否定しようなどと考えてはいない。

    頭では分かっている。

    「仕事」をさらにブラッシュアップするために第三者からの指摘はとても重要で、必要不可欠なもので、受け入れなければならないものだ。

    しかし、頭では分かっていても落ち込むものは落ち込む。


    傷ついて初めて私は「好き」にプライドを持っていたことに気がついた。
    私は「好き」を仕事に選んだことを、少し後悔した。


    対策|「好き」に苦しめられないように


    ちっぽけなプライドを守りつつ、「仕事」に対する指摘をきちんと受け止めるために、私は意識的に「仕事」と「自分」を切り離すようにした。
    傷つきそうな時には、「仕事」 を否定されても「自分」を否定されてはいるわけではない。と、自分に言い聞かせる。

    これは、好きであればあるほど難しいかもしれないし、そうでもないかもしれない。こればっかりは人それぞれだと思うけど、一つ言えるのは

    この切り分けが上手くできそうにない人は、「好き」を仕事にしない方が良い。

    「仕事」は直されてなんぼだ。その度に傷ついていたら、あっという間に心は擦り切れてしまう。
    逆に、切り分けさえ上手にできれば「仕事」はちゃんと上達していく。

    未だに私はこれがちょっと下手で、しょっちゅう落ち込む。でも、前よりはだいぶ上手くなって、自分の「仕事」は多少なりともブラッシュアップされてきた、はずだ。


    現在|自分で選んで良かった

    「好き」を仕事にして、傷ついて、ちょっと後悔したりもしたけど、やっぱり私は「好き」を仕事に選んで良かった。

    それは、
    得られる達成感が大きいから。
    褒められる嬉しさが大きいから。

    それもそうだけど、一番は
    情熱を持って仕事をしている自分のことは、今までの自分よりちょっと好きになれたから。

    「好き」だから頑張れる。
    「好き」だからこだわれる。
    「好き」だから踏ん張れる。

    そうやって「好き」を原動力に仕事に向き合っていると、なりたい自分にちょっとずつ近づけている気がする。


    まだまだ理想にはほど遠いし、自分の選択が本当に正しかったのか迷うこともある。しかし、

    この決断は正しかった
    あの時そう判断して良かった
    そう思えるように頑張ろう

    前職を辞めた時、そう決意した。

    やるしかない。

    あの時の選択を「正しい道」にするのは私自身だ。


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