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Photo byforgiveness1

伝えたい気持ち、その熱量。


    自分の気持ちを人に伝えるのが苦手だった。
    そのせいで私は幾度となく失敗してきた。


    ちょっとした口喧嘩で必要以上に人を傷つけてしまったたことがある。
    どうやら私の言葉はキツイらしかった。

    反対に相手の顔色を伺い過ぎて何も言い返せなかったことがある。
    ただ自分がモヤモヤしただけだった。


    幼少の頃は子どもから大人まで誰とでも話せたのに、年齢を重ねるにつれて、どんどん人と関わるのが怖くなっていった。

    小学生の頃はクラスの皆が友だちだったのに、中学に上がるとだんだん一人で図書室にこもる時間が増えた。

    私が声を上げるとろくなことが起きない。だったら私が黙っていれば良い。私がモヤモヤするだけで済むなら、その方がずっと良い。
    そう考えていた。


    そんな私に転機が訪れたのは、大学生の時だ。

    大学ではメディア関係のことを学んでいたのだが、その一環で私はラジオ番組を制作する団体に所属していた。

    制作していたのは30分間の生放送番組。
    興味のあるテーマについて調査したり、インタビューした結果を元に、学生同士でトークを展開するのが基本スタイルだ。

    2年になって間もない頃、企画案を出すミーティングで私は「挫折をテーマにしたい」と言った。

    というのも、大学受験に失敗した私はまさに人生の挫折を味わっていたから。その頃にはもう吹っ切れていて、受験の話も笑い話にできるようになっていたのだけれど。

    周りのみんなに比べたら、流行にも疎く、これといった得意分野も無かったが、自分の体験なら話せそう。そう思っての提案だった。

    チームのみんなも興味を持ってくれて、私の企画は通ったのだが、構成を詰めていく中でメンバーから「このテーマ、ひとりで話してみたら?」と言われた。

    え?私が?一人で?
    出来るわけがない。

    そう思ったはずなのに、次の瞬間私は「やってみる」と言っていた。どこからそんな勇気が湧いたのかさっぱり分からない。

    でも。

    私が話すことに意味があるのなら挑戦してみたい。今の私なら出来る気がする。やりたい。
    どこかで直感的にそう思ったのだろう。

    私は、覚悟を決めた。


    迎えた放送当日。

    沢山リハーサルもした。いつもの仲間も見てくれている。カンペを出してくれるのは仲良しの同期。

    大丈夫、大丈夫、大丈夫。

    マイクを前にした自分に言い聞かせているところで、ミキサーの先輩からキューが出された。



    番組終了後の反省会。

    「あなたにしか出来ない放送だった。あなたには伝える力があると思う。」

    顧問の教授にそう言われた。

    正直、生放送の30分間はものすごく緊張したということしか覚えていない。
    いや、同期がカンペで「落ち着いて」って出してくれてたのは覚えてる。客観的に見ても、ひどく緊張していたのだろう。

    そんな状態の私が、本当にちゃんと伝えることが出来ていただなんて到底思えなかったが、教授はお世辞を言うような人ではない。
    私はほんの少しだけ、伝えることに自信がついた。

    それでも、とてもじゃないが当時の音源を聞き直す勇気はなかった。



    あれから約10年が経った。
    今朝、意を決して当時の音源を聴いてみた。

    声は震えているし、喋りはたどたどしいし、お世辞にも上手とは言えない、素人丸出しのトーク。
    だけどそれは確かに、懸命に想いを伝えようとする声だった。


    聞き終わった後、私は泣いていた。

    何かを伝えようとする自分は、すごく熱くて、眩しくて。
    教授が言っていた「伝える力がある」とは、こういうことだったのかもしれない。


    子どもの頃よりは言葉も選べるようになって、気持ちを上手く伝えられるようになった。それにあわせて、人付き合いも随分上手くなった。

    でも、今の私に、当時のような熱はあるだろうか。

    必死な自分の声を聞いた後だと、今の私はなんて適当なのだろうと思う。
    伝えたいなら、これぐらい一生懸命にならないとダメだ。そう気付かされる声だった。


    当時の私の声を聞いてあらためて思う。私はやっぱり、私の「声」を届けたい。
    だからもっと真っ直ぐに、もっと泥臭く、もっともっと貪欲に、伝えることと向き合っていきたい。


    私を熱くさせてくれた、あの頃の私、なかなかやるじゃん。




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