
第3回 PHSをCiscoにつなぐ
― 日本のモバイル内線とグローバルUCを結んだアライアンス ―
2008年2月22日。
Ciscoとの技術打ち合わせを終えた会議室のホワイトボードには、文字と図が隙間なく残っていました。
CUCM。
SIP TRUNK。
PHS GW。
REGISTER。
Hold / Resume。
Transfer。
Conference。
Call Forwarding。
Redundancy、Call Preservation……。
黒、赤、緑のマーカーで書かれたシーケンスや構成図。
今見返してみると、その日の議論がかなり具体的なところまで進んでいたことが分かります。
私たちが取り組んでいたのは、一言でいえば、
日本で広く利用されていたPHSを、CiscoのUnified Communicationsの世界につなぐこと
でした。

Ciscoの世界に、日本のPHSをつなぐ
2000年代、日本企業では構内用のPHSが広く利用されていました。
オフィスや工場、病院などで、固定電話の内線を持ち歩くことができる。
現在のスマートフォンとは異なりますが、当時の企業にとってPHSは重要なモバイルコミュニケーション手段の一つでした。
一方、CiscoはIPネットワークを基盤として、電話、音声、会議などを統合するUnified Communicationsを世界的に展開していました。
その中核にあったのが、
Cisco Unified Communications Manager(CUCM)
です。
IP電話を収容し、発着信や転送、保留、会議などの呼制御を行うシステムです。
しかし、日本企業にはすでに多数のPHSが導入されていました。
CiscoのUC環境を導入するために、それらをすべて捨ててしまうのは現実的ではありません。
そこで考えたのが、
PHSをそのままCisco CUCMの電話システムにつなぐ
という方法でした。
PHS Gatewayという「橋」
富士通側で開発したのが、PHS Gatewayです。
後に製品化されたVJ-110Pでは、PHSシステムとCisco Unified Communications Managerの間をSIPで接続します。
イメージとしては、
PHS端末
↓
PHSシステム
↓
PHS Gateway
↓ SIP
Cisco CUCM
という構成です。
これにより、PHS端末をCiscoの電話システムの中で内線端末として利用できるようにする。
言葉にすると単純です。
しかし実際には、
「つながる」ことと、「電話として使える」ことは別でした。
SIP REGISTERが通れば終わり、ではない
IP電話の世界では、まず端末やGatewayが呼制御システムに登録されます。
SIPならREGISTER。
その後INVITEを送り、通話を開始する。
基本的な発着信だけを見るなら、それほど複雑には見えません。
しかし企業の電話システムには、長年蓄積されたさまざまな機能があります。
保留。
転送。
ピックアップ。
コールパーク。
会議。
コールフォワーディング。
さらに、大規模なシステムになれば冗長化も必要です。
CUCMの片方に障害が発生したとき、現在の通話をどうするのか。
Gatewayはどちらへ再登録するのか。
通話中のセッションをどこまで維持できるのか。
ホワイトボードに残っている、
Redundancy / Call Preservation
という文字は、まさにそうした議論の跡です。
「日本の電話」とCiscoの電話
ここで難しかったのは、単純なSIP接続だけではありませんでした。
日本の企業で長く使われてきた電話システムには、日本独自ともいえる使い方があります。
転送、保留、ピックアップ。
複数の内線をグループとして扱う機能。
電話機の操作そのものにも、長年使い慣れた作法があります。
一方、CiscoにはCiscoの考え方があります。
どちらが正しいという話ではありません。
異なる文化の電話システムを、利用者が違和感なく使える形でつなぐ。
そこに、この開発の難しさがありました。
第2回の大阪ガスのシステムでも、有線IP電話とN900iLでは端末の挙動が異なり、その違いを吸収するために開発メンバーが苦労しました。
今回も本質的には似ています。
新しい技術を採用したからといって、
「今までできていた電話機能が使えなくなりました」
では、企業システムとして受け入れてもらえません。
Ciscoとのアライアンス
このプロジェクトは、単に仕様書を交換して開発するような仕事ではありませんでした。
Ciscoとの打ち合わせは、国内ではもう回数を覚えていないほど行いました。
そして米国にも何度も足を運びました。
Cisco本社のあるSan Joseには、おそらく5回から10回程度。
また、当時SIPプロトコルの開発を主に担当していたNorth Carolinaの拠点にも、2、3回訪れています。

Ciscoとの打ち合わせのため渡米した際の記録。
メールや仕様書だけで解決できる仕事ではありませんでした。
実際の装置をつなぎ、呼を発生させる。
問題が起きればホワイトボードにシーケンスを書く。
SIPメッセージを追う。
どちら側の実装なのかを確認する。
仕様の解釈を合わせる。
また試す。
その繰り返しです。
ホワイトボードいっぱいに書き込まれた文字を見ると、当時の仕事の進め方を思い出します。
アライアンスとは何だったのか
「アライアンス」という言葉だけを見ると、企業同士の提携契約や経営レベルの話に聞こえます。
もちろん、それも重要です。
しかし、技術者の立場から見たアライアンスは、もっと泥臭いものでした。
異なる会社が作った装置を接続する。
同じSIPという標準を使っていても、実装が完全に同じとは限りません。
問題が発生すれば、互いの技術者が自分たちの装置の中身を理解しながら原因を探していく。
それを何度も繰り返す。
私にとってアライアンスとは、
会社と会社をつなぐこと以上に、技術者と技術者がつながること
だったように思います。
20年以上前にも、同じことをしていた
こうしてCiscoとの仕事を振り返っていると、一つ思い出すことがあります。
このマガジンの第1回で書いたISDNです。
まだ新人に近かった1980年代。
私は日本で開発したISDN電話機を持って米国へ行きました。
New Jerseyで適合試験を行い、その後Chicagoへ移動して交換機との接続試験を行った。
それから20年以上が経過しています。
ISDNはSIPへ。
デジタル電話網はIPネットワークへ。
相手はBell LabsやIllinois BellからCiscoへ。
技術は大きく変わりました。
しかし、やっていることには不思議なほど共通点があります。
自分たちが作った装置を、別の会社が作ったシステムにつなぐ。
そして、
仕様書の上でつながるだけではなく、実際に使えるところまで持っていく。
どうやら私は、ずいぶん長い間、同じような仕事をしてきたようです。
PHSをCiscoにつないだ、その先
2009年、富士通とCiscoはUnified Communications分野での協業を本格化し、その中でPHSをCUCM環境へ接続する製品も世に出ていきました。
表に出るのは製品名や仕様です。
しかし、その製品が世の中に出る前には、たくさんの技術者が集まり、接続し、失敗し、議論し、また試すという時間があります。
2008年2月22日のホワイトボードは、その一場面です。
第1回では、日本で作ったISDN電話機を米国のネットワークにつなぎました。
第2回では、約6000台の携帯電話を無線LANにつなぎました。
そして第3回では、
日本のPHSを、CiscoのUCにつなぎました。
技術は変わっていきます。
ISDNからIPへ。
有線から無線へ。
PHSからスマートフォンへ。
それでも、
違うもの同士をつないで、一つのシステムとして動かす。
その仕事は変わらなかったように思います。
これもまた、私が「つないできた。」ものの一つです。
※本稿は、筆者自身の当時の記憶と公開されている資料をもとにまとめています。出張回数など40年近い職歴に関する一部の記述は記憶に基づく概数です。また、本稿は所属企業および関係各社の公式見解を示すものではありません。