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患者さんとボクと5年〜「声でわかりましたよ」と言われた日〜

    妻と出掛けていると、

    「このお店っていつできたの?」

    と聞くボク。

    「去年からできてるよ。
    てか、それこの前も聞いてきたけど」

    「あれ……俺って記憶力ないのかな」

    そんなことを思った、今日この頃です。

    そんな記憶力のないボクのことを、
    5年経っても覚えていてくれた患者さんがいました。

    今日は、そんな患者さんとの話です。


    怖がりな患者さん

    80代の女性。
    腰の疾患で手術をされた患者さんを、術後から担当しました。

    最初から何度も言われていたのが、

    「起きるのが怖い」

    という言葉でした。

    ベッドの頭を少し上げるだけでも、腰の痛みを強く訴えます。

    看護師さんや医師と相談して、
    リハビリの前に痛み止めを飲んでから
    リハビリを行うことにしました。

    それでも、

    「怖い、怖い……いたたたたた」

    と繰り返します。

    もちろん術後なので、実際に痛みもあったと思います。

    ただ、ボクには痛みと同じくらい、
    「怖い」という気持ちが先に立っているように感じていました。

    「こんな痛い思いをするなら、
    もう私は動けなくなってもいい」

    そんな言葉も聞くようになりました。


    「寝たまま起こせばいい」

    どうしたら、
    この人は起きることへの怖さを減らせるんだろう。

    痛みの原因の一つは、身体を曲げること。

    そして、痛みによって気持ちも落ち込んでいる。

    そこでふと思いました。

    「寝たまま起こせばいいんだ」

    OT担当者と一緒に
    ベッドへリクライニング車椅子を横付けし、
    看護師さんにも協力してもらい
    何人かで車椅子へ移りました。

    それでも身体はガチガチに硬くなっていました。

    怖さから、全身に力が入っているのが伝わってきます。

    それでもリハビリ室へ移動しました。

    いつもと違う景色を見たからでしょうか。

    少しずつ表情が変わっていくのが分かりました。

    リハビリ室では、
    寝たまま立つ練習ができる起立台を使いました。

    怖がりながらも、外の景色を見て、

    「外ってこんな眩しくて綺麗なんですね」

    と話されました。

    そこから少しずつ
    自分から動こうとすることが増えていきました。

    身体も、少しずつ曲げられるようになっていきました。


    「私、歩けるんですね」

    その後、リハビリ専門の病棟へ移りました。

    本来であれば担当変更になるところでしたが、
    本人の気持ちを考慮して、
    ボクがそのまま担当することになりました。

    まずは「起きること」を目標にしていました。

    ある日のリハビリで、

    「今日は平行棒で歩いてみましょうか」

    と声をかけました。

    「えーー!無理ですよ……」

    そう言いながらも、
    安全な環境で数歩だけ歩いてみました。

    そして歩けたあと、

    「私、歩けるんですね……」

    と話されました。

    その後、両手で支えられる補助具を使って
    歩けるようになり
    自宅へ帰れる見通しも少しずつ立っていきました。

    退院前には自宅へ伺い
    実際の生活環境も確認しました。

    ところが、その後でした。

    それまでできていたことが
    急にできなくなりました。

    入院したばかりの頃のように
    全身が硬くなって起きられなくなったのです。

    「本当に自宅で暮らしていけるのか不安で……」

    本人はそう話されました。

    そこで
    不安に感じている動作を一つずつ確認しました。

    実際にやってみる。

    できる。

    もう一度やってみる。

    できる。

    すると、少しずつ身体の力が抜けていきました。

    退院前に、

    「あなたがリハビリしてくれなかったら
    私はここまで頑張れなかった。本当にありがとうございました」

    そう言って、自宅へ帰っていかれました。


    5年後

    それから約5年が経ちました。

    ボクは病院を退職し
    訪問リハビリの仕事をしていました。

    ある日、教育担当の方から、

    「ボクさんって、○○病院に勤めていました?」

    と聞かれました。

    「はい。そこで働いていましたよ」

    すると、

    「ある利用者さんが、
    病院でリハビリの人にすごく勇気づけられたって
    話をしていて。その名前がボクさんと同じだったので」

    と言われました。

    利用者さんの名前を聞いても
    ボクにはすぐに思い出せませんでした。

    カルテを見直してみると、

    「あれ?これ、俺のリハビリサマリーじゃん」

    そこには
    5年前にボクが書いたリハビリの経過報告書がありました。

    それでも、まだはっきりと思い出せません。

    「その方に会わせてほしいです」

    そうお願いして
    訪問に同行させてもらいました。

    自宅に着くと、見覚えのある家でした。

    部屋の間取りを見て、

    「懐かしいなあ……」

    思わず声が出ました。

    居室に入ると、ベッドで寝ている本人がいました。

    5年前の面影が残っていました。

    ただ、目が見えなくなっていました。

    教育担当の方が、

    「今日はサプライズゲストが来ていますよ」

    と伝えると、

    「ボクさんでしょ?声でわかりましたよ」

    と、あの頃と変わらない声で話されました。

    「お久しぶりです。ボクです」

    そう言って手を握ると、

    「ボクさんに助けられて自宅に帰れたけど、
    目が見えなくなって、動けなくなって、
    もうダメかなと思っていたところに、
    またボクさんに会えて嬉しいわ」

    そう言って、手を握り返してくださいました。

    そして、

    「こういうこともあるのね。世間は狭いわね」

    と笑いながら、少し涙を流されていました。


    5年前のボクは

    ボクはこれまで
    たくさんの患者さんや利用者さんと出会ってきました。

    その中には、すぐに思い出せない方もいます。

    5年前のあの日も、
    目の前の患者さんがどうしたら起きられるのか、
    どうしたら歩けるのか。

    そればかりを考えていました。

    でも、その時間を過ごした患者さんにとっては、
    あの日々がずっと残っていたのかもしれません。

    ボクが忘れていたことを、覚えていてくれた。

    そして5年後、今度はその人が
    「声でわかりましたよ」と言ってくれた。

    あの日、何度も「怖い」と言っていた声を
    5年ぶりにもう一度聞くことになるとは思いませんでした。

    理学療法士として、たくさんの人と出会い、別れていく。

    だからこそ、一人ひとりとの時間を、もう少し大切にしていきたい。

    そんなことを、5年後の再会で思いました。

     
     
    医療職と投資、その共通点を考える理学療法士。病院、訪問、デイを経て、障害福祉分野の管理職。 「○○とボクと△△」シリーズを中心に、医療職の働き方、お金との向き合い方、家族との日常を綴っています。 誰かの正解を伝えるのではなく、ボク自身が考え続ける過程を発信しています。

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