
モノを減らし「モノにまつわる執着」と向き合った話【書籍編】
モノを減らすということは、「モノにまつわる執着」に向き合うということ。断捨離なり捨て活なり、意識してモノを減らしたことのある人にならお分かりいただけるのではないだろうか。
捨てたいのに捨てられないのは、未来への不安か過去への執着があるからと聞いたことも。
個人的に、思いあたるケースが多々!
そこで、モノの種類別に分けて投稿していく。
今回は、書籍編!
📖我が家の本棚事情
我が家には本棚がない。手元にあるのは実用書3冊と、読んだら手放すつもりの小説が数冊。そんな私だが、数年前までは自分の背丈より大きな本棚に本を詰め込んでいた。
📚️本棚に詰め込んでいた当初の、私の頭の中
・私ったら、こんなにたくさんの本を読んで
いるのよ(←誰へのアピール)
・私ったら、こんなに幅広いジャンルの勉強を
しているのよ(←だから誰に)
・子供が大きくなったらこの本たちを読んで
くれたら嬉しいな。ここはお母さん(私)の
頭の中なのよ〜(当時上の娘は2歳)
・この本たちは、学びの証だ。証として、
残しておかなくてはならない(←必死)
⚡️ある日突然、本棚を処分したくなる
ところがある日、モーレツに断捨離をしたい気分に駆られたのだ。
(この本棚…邪魔だな…)
大切な学びの証&娘に引き継ぎたいという重い想いはどうなる!?
🌀本にまつわる執着に向き合う日々
本を手放そうとするたび、自分の中からさまざまな抵抗が出てくることに気づく。本を持つことに何かしらの執着があったわけだ。執着とは、勝手な思い込みとも言えよう。
このドデカイ本棚を手放してスッキリしたい!という願いの実現を阻んだのは、本を持つことに対する私の思い込み。そこで、次のように自分で自分にツッコんで思い込みをはずしていった。
🫲自分の執着へのツッコミ
そもそも、本棚を公開する相手はいない。せいぜい家族ぐらいだ。家族に自慢したいがために、この大きな本棚に部屋を占拠させておきたいか!?否、思わない。
娘が私と同じように本好きに育つかはわからない。本をまったく読まない子になるかもよ。本好きになったとして、趣味が違うかも。私が読んだような本を、仮に娘が読みたいと思うようになったとする。でも、その頃にはもっと良い本が出ているかも。その時は買えばいい。
本棚を公開する相手がいないに等しいので証を残しておく必要はない。要はただの自己満足である。
本を手放したら学びの証がなくなる、とは幻想だ。本の内容から腑に落ちたことは私の行動や考え方に反映されているはず。目に見える証よりもそちらを重視したら良いのではないか。
どんなに感動した本でも、私の場合は読み返すことがほぼない。であれば、持っておく価値はないと考えることもできる。(絶版本などの希少な本は我が家にはない)
とはいえ、綺麗な本を捨てるのは忍びない。リセールや寄付するなどして世に放ち、シェアするのもひとつの手ではないか。感動するほど良いと思うものならば尚更だ。
👋そして、本棚とサヨウナラ
そんなわけで、私は大きな本棚と本(200冊ぐらい?)を手放すことができたのだった。
あくまで私のケースなので、たくさんの本を持つことが悪いとは全く思わない。大切にしていたり、活かせていれば良いと思う。私の場合、ただの執着から使わない本を手放せないでいただけだ。
🧠本を手放すことから自分への向き合いが始まった
大きな本棚との別れから、不要なモノを手放す旅が始まった。ミニマリストへの道は険しい。
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