
【フードエッセイ】「汚れない獣」
レストランにやってきた。

注文したのは店員オススメのサーロインステーキ。

何の前触れもなく大贅沢。

近接撮影。

そしてもうひとつのメインがカレー。
カレーバーをセットで付けるとカレーが食べ放題。
元を取るためカレーを山程食べるので、結局肉を食べに来たのかカレーを食べに来たのか分からなくなる。
カレーで限界まで膨張した腹を擦っていたら、不意にあるフレーズが頭に去来した。
「汚れない獣には戻れない世界でも」
言わずと知れた、あの名曲のワンフレーズ。
前置き
まず自分のなかの大前提を言っておくと、歌詞の解釈とは、その人の人生観の投影であるということ。
歌詞を読み解いているようで、実は読み手がやってるのは単なる自分語りで、本人が気付かない内に自分の人生観を開陳してしまっているというわけ。
なので、「自分の解釈とは違う!」と思っても適当に読み流してもらいたい。
「最後の離島」
暖かい場所を探し泳いでた
最後の離島で
君を見つめていた 君を見つめていた
同じリズムで揺れてたブランコで
あくびしそうな
君を見つめていた 君を見つめていた
理想を追い求めて、こんなところまで来てしまった。
世間から遠くかけ離れた、何もない場所。
「最後の離島」という表現から、この場所が彼の夢の到達地であり、また彼の限界であることが分かる。
そんな場所まで、彼女はついてきてくれた。
彼女の内心は歌詞にないので分からないが、「あくびしそう」という表現から、彼女がこの旅に疲れているのではないか、という彼の心情が窺える。
そんな状況で彼は隣の彼女の横顔を見つめている。
繰り返される「君を見つめていた」というフレーズの後、サビで彼の思いが溢れ出る。
「夢じゃない」
夢じゃない 弧りじゃない 君がそばにいる限り
いびつな力で 守りたい どこまでも
そんな状況で彼が思うのは「僕は孤独じゃない」とか「君がいてくれて夢みたいだ」なんていう自分勝手で能天気な感想ではないと思う。
彼が胸にいだくのは、こんなところまで自分を信じてついてきてくれた彼女を、何をしてでも守らなければならないという思いなのではないだろうか。
『夢じゃない』というタイトルは、「僕は孤独じゃない、君がいてくれて夢みたいに嬉しい」みたいな意味ではなく、「もう夢なんて言ってられない、僕は一人で生きているんじゃないんだから」という彼の諦めと決意を表しているように思える。
「いつか見た景色」
丘に登ったら いつか見た景色
季節の魔法で
君にうもれていた 君にうもれていた
そして彼は、もといた世界に帰ることを決める。
「季節の魔法」や「うもれていた」という表現からは冬の景色が想起される。
かつては嫌悪し軽蔑していた景色だが、雪で覆われて少しは美しく見えたのかもしれない。
すべて彼女を守るために必要だと思えば受け入れることができるという彼の心情の現れと読める。
「汚れない獣」と「いびつな力」
夢じゃない 弧りじゃない 君がそばにいる限り
汚れない獣には 戻れない世界でも
夢じゃない 弧りじゃない 君がそばにいる限り
いびつな力で 守りたい どこまでも
この曲のなかで「汚れない獣」と「いびつな力」とは相反する意味になっているものと読める。
「汚れない獣」は、世間に媚びることなく自分の理想を追求するという生き方を貫く孤高の存在。
「いびつな力」は、自分の信念を曲げて薄汚いことをやって得る金や力。
そして前述の「いつか見た景色」は「汚れない獣には戻れない世界」の言い換え。
彼は自分の理想や信念やプライドを捨て、魂を売ってでも彼女を守るために「最後の離島」を出て「いつか見た景色」のなかで生きていくことを決意する。
そんなお話。
蛇足
この曲が元々収録されていたアルバム『Crispy!』は、それまでの路線と比べ、かなり売れ線を意識して制作された作品らしい。
前述の解釈を当時の背景に当てはめて想像してみると
「汚れない獣」は世間に媚びず理想の音楽を追求するバンド。
「いびつな力」は世間の求めに寄せたポップで売れ線の楽曲。
「君」はメンバー、あるいはファン。
当時のバンドの状況が投影されていたのかも、などと妄想。以上蛇足。
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誰もそばにいないのに、いびつな力で生きてるワシ。
ただカレーそばを食べるだけの人生を、いびつな力で守りたいどこまでも。