
【フードエッセイ】「明日の朝僕は船に乗り離ればなれになる」
行きつけの寿司屋。

この日の目当てはこれ。

大トロ110円キャンペーン。

テーブルの上ではためく大漁旗。

マグロ漁船の上で格闘する渡哲也の姿が想起される。
そんな時、頭の中でとあるフレーズが去来した。
「明日の朝 僕は船に乗り 離ればなれになる」
言わずと知れた、あの名曲のワンフレーズ。
前置き
まず自分のなかの大前提を言っておくと、歌詞の解釈とは、その人の人生観の投影であるということ。
歌詞を読み解いているようで、実は読み手がやってるのは単なる自分語りで、本人が気付かない内に自分の人生観を開陳してしまっているというわけ。
なので、「自分の解釈とは違う!」と思っても適当に読み流してもらいたい。
この曲はアルバム『Crispy!』からシングルカットされた楽曲で、スピッツにとって初めてオリコンチャートにランクインした作品であるとのこと。
恋人との別れを歌ったラブソングであるという解釈と、例によって恋人との死別を歌った曲という解釈が存在しているのだとか。
どういった表現が死を連想させるのか。
歌詞を追って見ていく。
「あの日もここではみ出しそうな君の笑顔を見た」
あの日もここで はみ出しそうな 君の笑顔を見た
水の色も風のにおいも 変わったね
明日の朝 僕は船に乗り 離ればなれになる
夢に見た君との旅路は かなわない
「はみ出しそうな笑顔」は満面の笑み、彼女との関係が良好だった頃の記憶。
「あの日もここで」とあるので、この曲の舞台は過去に彼女とよく訪れた思い出の場所ということになる。
その後、「水の色も風のにおいも変わったね」と続くので、その思い出の場所が水場であることが窺える。
またこの表現から、かつて良好だった二人の関係が、時間が経過し、変化が生じていることが読み取れる。
曲の最後に「冷たい風に吹かれながら」と出てくるので、当時と比べて風が冷たくなっているようだ。
さらにその後の「船に乗り」という歌詞から、この曲の舞台が海の見える場所であることが想起される。
きっと僕ら 導かれるままには歩き続けられない
二度と これからは
で、今日を境にもう二度と会えないと。
君が思い出になる前に もう一度笑ってみせて
優しいふりだっていいから 子供の目で僕を困らせて
そしてサビに続く。
ここでの「もう一度笑ってみせて」は、最後くらいは笑っていてほしいという意味なのか、彼女は死んでいるのでもう笑うことが出来ないということを暗に言っているのか、はっきりとは分からない。
「かたまりになって坂道をころげてく」
ふれあう度に嘘も言えず けんかばかりしてた
かたまりになって坂道をころげてく
追い求めた影も光も 消え去り今はただ
君の耳と鼻の形が 愛おしい
2番の歌詞にやや不穏さを感じる表現が出てくる。
「かたまりになって」「影も光も消え去り」「耳と鼻の形が愛おしい」といった表現からは、目の前の彼女が生を失っているような印象を受ける。
忘れないで 二人重ねた日々は
この世に生きた意味を 越えていたことを
さらに続く部分では「この世に生きた」と、生が過去形で表現されている。
この表現から、やはり彼女がすでに死んでいることが推認される。
「君が思い出になる前にもう一度笑ってみせて」
君が思い出になる前に もう一度笑って見せて
冷たい風に吹かれながら 虹のように今日は逃げないで
「けんかばかりしてた」という表現から、「はみ出しそうな笑顔」を見たのはかなり昔のことなのではないかという気がする。
おそらく関係が良好だったのは出会った頃のことで、その後は険悪な状態が続いていたのではないか。
歌詞全体を見ても楽しい思い出の話は出てこない。
そんな状態で、最後だから笑っていてほしい、というのは不自然なように思える。
ここでもやはり彼女は死んでいるのでは、という印象を受ける。
ところで死別説に立ったとき、最後のお別れというと通夜を想像するのではないか。
棺の中の彼女に別れを告げているというイメージ。
しかし通夜であればその舞台は家や斎場であるはず。
冒頭の「あの日もここで」が家や斎場であるとは考えにくい。
つまり、彼は水辺の屋外で死んだ彼女に最後の別れを告げているということになる。
それって、一体どういう状況なのだろうか。
2番の歌詞を振り返ってみる。
「かたまりになって坂道をころげてく」とはどういう意味だろうか。
例えば、けんかばかりしてた彼女を崖から突き落とした、と考えてみるとどうだろう。
物言わなくなった彼女の耳と鼻を見つめながら、彼女に最後の別れを告げている。
無理やりな解釈ではあるが、不気味に歌詞全体と符合しないだろうか。
今回はそんな真夏の都市伝説的考察回。
蛇足
ではなぜこの爽やかできれいなメロディにそんな狂気じみた歌詞をつけたのかを想像してみる。
この曲が収録されていたアルバム『Crispy!』は、初期のマニアックな音楽性からポップな路線に舵を切った作品で、かなり売れ線を意識して制作されたらしい。
当然この曲も売れ線を狙って作られ、結果バンドとして初めてのスマッシュヒットとなった。
この路線転向に葛藤があったことは想像に難くない。
この狂気じみた歌詞は、そうした状況に対する作者の抵抗だったのではないだろうか。
一見きれいなラブソングに思えるこの曲にこのような猟奇的な歌詞をあてたというところに作者のプライドや自意識を感じる。
単純にメロディの良さだけに飛びつく薄っぺらい大衆に対して毒入りの肉を放り投げるような、「売れ線を作っても魂までは売らない」という作者の最後の抵抗の痕跡なのではないかという妄想を駆り立てられる。
そうした解釈に立つと、この曲の歌詞は別の見え方が出てくる。
歌詞の中での「君」は、純粋に音楽を楽しんでいた頃の作者自身なのではないか。
夢の残骸となった過去の作品達を眺めながら、過去の自分の夢と決別している、そんな心境を歌っているのかも、という妄想の話。
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大トロ110円キャンペーンの期間はそう長くない。
高級ネタの大トロを存分に食べられる、一年のうちで最も幸福な期間。
後悔しないようにもう一皿。
虹のように今日は逃げないで。
