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『メルキゼデク』とは何者か?~ハルマゲドンへの道~②

     そしていと高き神の祭司であり、シャレムの王であるメルキツェデクはパンと葡萄酒を取り出した。
    (創世14:18)


     エラムの王ケダルラオメル率いる軍勢を打ち破り、甥のロトを助けたアブラハムの前に、突如現れ祝福した人物。ただの一度だけ現れ、謎を残して消えたメルキゼデク。
     《メルキ》は「私の王」、《ツェデク》は「義」、「正義である私の王」とはいったい誰であったのか?

     実は彼に関しては新約聖書のヘブル人への手紙でその正体が明かされている。

     まず彼はその名を訳すと義の王であり、つぎにサレムの王、すなわち平和の王です。父もなく母もなく、系図もなく、その生涯の初めもなく、命の終わりもなく、神の子に似た者とされ、いつまでも祭司としてとどまっているのです。
    (ヘブル7:2-3)


     父母がなく、誕生も死もない。つまり、彼は人ではなく神そのものであった、と筆者は明確に説明している。
     しかし、神が目に見える姿で人前に現れることなどあるのだろうか?


     
    Yes。
     神は何度も現れている。

     
     神はエデンの園で足音をたてる実体となって現れた。
     神は人の姿を取ってアダムと話し、雄牛を屠殺し、その皮をアダムとエバに着せた。
     ⇒(『エデンの園の本当の場所』に詳述)

     神はカインと話をして彼に印を付けたし、アブラハムの前にも人のような姿で現れてもてなしを受け、そのままソドムとゴモラを滅ぼしに行った。
     モーセは神と顔と顔を合わせて長いこと話している。


     聖書だけではない。

     シュメールの神エンリルはまばゆい姿で現れる神である。
     人前に姿を現す神が、王権を下す神として崇拝されていたというのは興味深い。
     
     聖書には「いまだかつて神を見た者はいない」と使徒ヨハネによって書かれた「父なる神」と、「父の懐におられるひとり子の神」であり、人前に現れ行動する「子なる神」がいる。

     これはシュメールのアン神とエンリル神に対応する。

     天上にいて姿を現すことのない影の薄いアン神と、まばゆい姿で現れるエンリル神。二者は別個の神であるが、共同で世界を運営しているわけである。


     ヘブル人の宗教は一神教であると言われるが、これは実態がそうなのではなく、名付けたほうの問題である。
     聖書に書かれている実態とは、少なくとも二人の神々が役割分担をして一つのプロジェクトを進めている姿である。チームは一つなので唯一神と言っても差し支えないだろうが、一神教や唯一神という文言にこだわらなくとも、ほかにもっとふさわしい言い方があればそれでも良いのである。




     さて、エンリルの《リル(風、霊)》はヘブライ語の《ルアハ(風、息、霊)》に対応する言葉であり、《リル》の《エン(祭司、王)》すなわち「霊なる祭司」となる。霊は人のように死ぬことはないので「とこしえの祭司」である。


     ヤハウェは誓い、断言される。「あなたはメルキツェデクというわたしの位にならって、とこしえに祭司である。」
    (詩編110:4)


     メルキゼデクは「とこしえの祭司」であり、「平和の王」また「義の王」でもある。
     これらはすべて、人となって現れた「子なる神」、イエス・キリストの称号であり、メルキゼデクはのちにナザレのイエスとして生まれるイエス・キリストと同一人物であると理解できる。


     モーセの前に現れた「子なる神」は「ヤハウェ」と名乗った。

     だから、「子なる神」イエス・キリストはメルキゼデクでもあり、ヤハウェでもある。


     彼はまさに多くの名を持つ者、複数の化身を使い分ける神なのである。



     では、なぜモーセはアブラハムを祝福しにやって来た神をヤハウェとは書かずに、わざわざ「メルキツェデク」などと書いたのだろうか?


     イスラエルがモーセの後継者ヨシュアに率いられていた時代のエルサレムの王の名は「アドニ・ツェデク」であった。そのため、名前の構成が似ている「メルキ・ツェデク」もエルサレムの王であったと言われている。

     しかし、エルサレムがシャレムと略される例はほかに見当たらない。
     
    シャレムの王はエルサレムの王ではなく単純に字義通り平和の王とすべきである。
     そして、モーセが平和の王を《メレク・シャレム》と書いたように義の王《メレク・ツェデク》とは書かずに、《メルキ・ツェデク》という書き方をしたのは、「預言」が含まれていたからだと思われる。

     将来、「子なる神」はハル・メギドの戦いを経てエルサレムで王位に就くと預言されている。そのため、当時のエルサレムの王「アドニ・ツェデク」のような名付けの原則に則った書き方をあえてしたのではないか。



     というわけで、聖書の謎の登場人物メルキゼデクは、聖書の主人公であるヤハウェ=子なる神=イエス・キリストと同一神物であった。

     メルキゼデクという役は複数ある「子なる神」のアヴァターラのうちの一つなのだ。



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    『聖書』とイランの『王書』と中東古代史の研究を主に続けています。暗黒年表を作ることと珍しい野菜を植えるのが趣味。 著作 『エデンの園の本当の場所』 『かいせつ 魂と霊のメカニズム』 amazonにて

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