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最強神★天香香背男(アメノカガセオ)の正体とは?

     茨城県日立市にある大甕神社(おおみかじんじゃ)。

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     この神社の主祭神は倭文神武葉槌命(シトリカミタケハヅチノミコト)。
     地主神は天津甕星(アマツミカボシ)、またの名を天香香背男(アメノカガセオ)。


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     「天に悪しき神あり」。
     経津主神(フツヌシノカミ)と武甕槌命(タケミカヅチノミコト)は高天原にいる鬼人や草木や石までもを平定したが、天香香背男だけは服従しなかった。経津主神と武甕槌命は、まずこの神を誅伐してから葦原中国を平定しに行きたい、と言った。そこで、倭文神(シトリガミ)を派遣して服従させた───。
     

     境内には天香香背男の霊力を封じ込めたという「宿魂石」がある。

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     石とは言うが、この岩山全体が「宿魂石」なのだそう。

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     さて、天にいた香香背男を祭る神社がここにあるということは、高天原は茨城にあったということだろうか?

     どうもそうではないようだ。

     というのも、この土地には高天原の神である天照大神や高御産巣日神にまつわる昔話などのエピソードがない。高天原という地名はあるにはあるが、記紀を読むと高天原は町や村ではなく領域であったことがわかる。

     県南にある武甕槌命を祭る鹿島神宮も、武甕槌命の出身地であるとは思えない。それを真似て出雲大社を造築したとされる立派な館が建っていた形跡は見つかっていないし、そのようなものがあったという話も伝わっていない。

     茨城周辺には経津主神・武甕槌命・倭文神といった天津神の征伐隊が集結しているが、その理由は大和朝廷と土着民族の前線がこのあたりにあったからではないだろうか。

     その土着民王朝が日高見の国だったのかもしれないが、まだ不勉強でよくわからない。


     甕星香香背男社にはおもしろい看板が置いてある。

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    我が国最強神 甕星香々背男大神!


     ……我が国ってどこよ。
     
     常陸の国か、日高見の国か。
     服従したんだから日本最強ってことはないよな。
     主祭神は倭文神なのに、完全に香香背男側に立った看板(笑)


     もしかするとだが、記紀に登場する香香背男と自分たちが同じ民族だと気が付いた昔の人が、もともと先祖を祭っていた場所で香香背男を祭りはじめたのが大甕神社の由来であるのかもしれない。

     というのも、ここには昔、朝廷側ではない土着民、蛇の民がいた。

     
     『常陸の国風土記』を読むと明らかなように、茨城は蛇の土地である。
     夜刀(ヤト)の神が存在し、ヌカヒメは蛇を産んだ。

     夜刀の神は角蛇であるという。

     そして、香香背男(カガセオ)。
     「蛇」の古語は「カガシ」とも言う。

     一説には、カガセオの名前は「輝く」の古語が由来であると説明されているが、あくまで一説である。別名・天津甕星から推測したのだろう。
     
     しかし、当時の人が音だけ聞いたら何を連想するだろうか?
     ヤマカガシと同じカガシ、カガシの男、蛇男と連想するのではないだろうか。

     それに、民話では香香背男は自身の姿を岩に変えている。

     自身の姿を岩や石に変えた人物の逸話は、日本の外に残されている。彼もまた蛇の民の王であった。


     天香香背男の正体は、思いもよらない土地の思いもよらない人物であった可能性がある。


     つづく。



     * * *
     
     蛇の民について詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。⇩

     目次はこちらの記事の最後に貼ってあります。⇩


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    『聖書』とイランの『王書』と中東古代史の研究を主に続けています。暗黒年表を作ることと珍しい野菜を植えるのが趣味。 著作 『エデンの園の本当の場所』 『かいせつ 魂と霊のメカニズム』 amazonにて

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