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東京の佐々木さん、モンゴルから帰る

    満員の山手線で、気づけば携帯を見てニヤニヤしていた。前の人がチラッと見る。目が合って、すぐに逸らされた。
    佐々木さんは電車でニヤニヤなんてしない。少なくともこれまでは。


    2017年。東京証券取引所。
    その日、創業期に入社した会社が上場を迎えた。大きな鐘の音が5回、カアアンと鳴り響いた。ワアっという歓声と共に拍手が沸き起こる。そこにわたしは立っていた。
    帰りは日本橋の蕎麦屋でご馳走が振舞われた。
    「いやあ本当に、佐々木さんがいなかったら上場できなかったよ」
    高揚した面持ちの経営陣に囲まれ、ありがとうございます、と返していく。急いで蕎麦をすする。美味しいはずなのに、あまり味がしなかった。


    思えば昔から、何かを欲しがるより、期待に応えるほうがラクだった。20代、気づけばスタートアップでチームリーダーになった時、役員はこう言った。
    「主張が強い人同士だとぶつかるけど、佐々木さんならその辺うまくやってくれるでしょ」
    飲み会では、上司が得意げに言った。
    「こいつは俺の秘書だからね」
    そんなポジションについた覚えは一度もない。言葉を飲み込み、つられてへらへらと笑う。言い返せば可愛げがない。黙っていれば有能に見える。そう知っていた。


    上場から3年後、突然母から連絡が来た。

    「お父さん、何もしなければ3ヶ月だって」

    嘘であってほしいと願いながら、実家に戻った。父は定位置のソファにダラっと寝そべり、おお、よくきたなと笑った。余命宣告されても変わらず、だらだらテレビを見て、細かすぎるギャグを言い、晩酌で「ぷはー、やっぱりこれだな」と言って見せた。
    わたしの知っている映画では、余命宣告された主人公は、世界を旅したりするものだった。

    「ねえ、せっかくだから、行きたい場所に行ってきたら?」

    「いや、いいよ」

    それだけ言って、父はテレビに目を戻した。え、いいの?家でただ過ごすなんてもったいないよ、と言いかけて、黙った。

    我が家には、父が母に突然プロポーズしたという逸話がある。当時ふたりは付き合ってすらいなかったという。理由を聞けば、「だって、そうしないと他の人に取られそうだったから」と、5歳児のように返した。欲など見せない人だったのに、本当に欲しいものだけには大勝負をかけていたらしい。

    別れは突然に訪れた。救急搬送された翌日、父の目からすーっと光が消えていくその瞬間を、わたしは目に焼き付けた。
    葬儀が終わった帰りの電車。頭がぼうっとしていた。なのに、数日後の評価会議について考えている。今期の成果をアピールしなきゃ。部下の給与をどうやってあげてもらおう。呼吸が浅くなる。外はすっかり、暗くなっていた。


    変わらぬ毎日は、いつの間にか戻ってきた。
    「佐々木さんは、これからどういうキャリアを目指したいの?」
    評価面談で、役員が期待に満ちた目でそう言った。もっと頑張りたいです、と口にする。口とは裏腹に、耳の奥で声が響く。

    「いや、いいよ」

    父はそう言って、ボロボロに使い古したラジオで音楽を聴き、ソファで寝そべり、やっぱりお母さんのメシは最高にうまいなあと呟いていた。

    「お父さん、人生に悔いなしって言ってたわ。全く勝手よね」

    あのソファに寝そべる背中にはいつも、「これでいい」があった。わたしは、どうだろう。
    もっと頑張りたいです。その言葉が、自分の心でないことだけはわかる。
    程なくしてわたしは、会社を去った。




    東京の小さな会社に転職した。上場企業の肩書きが消えても、期待に応える癖だけは残っている。ある日、ぼーっとSNSを眺めていると不意に一つの投稿が目にとまった。草原を容赦なく照らす光。馬や動物たちの群れ。そこには「モンゴル」の文字。気づけば、夢中で写真を漁っていた。
    モンゴルなんて、『スーホの白い馬』くらいしか知らない。自然にもキャンプにも、たいして興味はない。旅先でも湯船に浸かりたい。でも、なぜか無性に惹かれてしまう。
    数日後、チケットを取っていた。
    「モンゴルに呼ばれた」
    そう言って回るわたしに、誰もが「なんでモンゴル?」と返し、母は「ほんと、あんたのことはよくわからないよ」と言った。こうしてわたしは42歳で初めての、海外ひとり旅に繰り出した。


    2024年。チンギス・ハーン国際空港。降り立って早々、見慣れぬキリル文字に心細くなる。審査官の言葉は聞き取れず、何度も聞き返すたび、むっつりとした顔で「ダメだこりゃ」という空気を出された。赤ん坊は喋れずともかわいさという武器があるが、わたしはただ言葉が通じない中年日本人である。半泣きのまま、なんとか到着ゲートを抜けると、出口には日本語を話せるガイドの青年がいた。「りつこさんですか?よろしくお願いします」。そのたった一言で、ふっとほどけた。


    翌日からは、車で800キロを移動する旅が始まった。ガイドの青年と、モンゴル語と冗談しか話せない運転手が、旅の相棒だ。運転手が唯一話せる日本語は「ダイジョウブ」で、会話においてかなり広範な場面をカバーしていた。ウランバートルを離れると、あっという間に人の気配は消えた。囲いのない草原を、馬やひつじたちが勝手に行き来している。

    ふと携帯に目をやる。圏外。仕事のことが頭をよぎり、社内アプリを開こうとするが、開けない。未読通知がいくつも溜まっている気配に、日常がチラつく。道なき道で車は大きく揺れ、その度に運転手は振り向き「ダイジョウブ?」と言う。いや、色々大丈夫ではない。返せない。返したくない。
    感じ悪いと思われるだろうか。がっかりされるだろうか。身体がそわそわする。
    散々迷った結果、アプリを消した。思えばわたしは旅行先でも必ず「携帯はつながります」と伝えてきた人間だ。モンゴルの草原で、ついにそれを諦めた。


    車が急に止まった。そこは、360度何もない、草原のど真ん中。
    「トイレ休憩です。したかったらしてきてください」
    家畜のごとく、雑に放たれた。恐る恐るあたりを見回す。草、草、草。

    「えっと、どこか隠れる場所ないの?」
    「ないですね」

    悔しいほど真っ平らで、遮るものが一切ない。せめてもの抵抗として二人から大きく離れる。豆粒サイズになったあたりで、意を決してズボンを下ろした。後世に残してはならない映像が、いま生成されていく。そそくさと戻ると、一人はタバコを吸い、一人はその辺の草を味見していた。
    「これオイシイよ。たべます?」
    誰も最初から見ていない。気にしていたのは、わたしだけだった。


    到着した先で、ガイドを誘って小高い山に登る。頂上に辿り着いた。じんわりとした汗をぬぐい、見渡す。大地の終わりは見えず、地平線は海のように青かった。

    「ねえ、もし一つだけ願いが叶うとしたら、何をお願いするの?」

    こういう場所に生きた人は、何を願うのか。ふと、尋ねたくなった。

    「平和、ですね」

    あまりにまっすぐ返ってきた答えに、えっ、それだけ?と拍子抜けした。もっと他にあるんじゃないの。そう言いかけて、飲み込んだ。

    彼は足元の枯れ木をひろった。

    「ワタシの生まれたところは、夏になると、すごく甘い香りの花が咲くんです。子どもの頃、その中にいると全部忘れた。すーっごくキレイなんです」

    そのまま枯れ木を放って、まあ、もっとお金も欲しいですよ、と笑った。

    「りつこさんは?」

    自分のこととなると一つも出てこない。人の気配が全くない大地で、草の音だけがサワサワと響いていた。そうだねえ、とだけ返して、わたしは草をむしった。


    翌日も車を走らせた。空をどんより覆う雲の中、うっすらと太陽が見える。ひつじの群れがもこもこもこと現れては消えていく。車内では、歌詞はわからなくても哀愁だけがわかる歌謡曲が、延々と流れ続けていた。

    地平線を見つめながら、真面目にいろんな人の顔を思い浮かべていった。
    職場の人。友人知人。SNSで見かけた、たいそう立派そうな誰か。わたしも傍からみれば、まあ悪くはない人生のはずだ。でもなぜか気づけば、出会ったばかりの男二人と、800キロ走っている。

    運転手がまた何か冗談を言い始めた。ガイドがひゃっひゃっひゃっと笑っている。何がおかしいのかさっぱりわからんが、やたらと楽しそうだ。窓を開けた。

    ドドドドドドド。
    風が顔をバリバリバリと殴りつける。滝のような風に、延々と殴られ続けた。痛い。なのに、次第に心地良くなっていく。車内の笑い声とあいまって、身体がフニャフニャしていく。記憶の中で、誰かの声がする。
    ちゃんとしてるよね。佐々木さんならうまくやってくれる。期待してるよ……


    ふと目をやったサイドミラーに、自分の顔が映っていた。この2日、強烈な日差しを受け、日焼け止めもむなしく鼻の頭は真っ赤。アゴの皮膚はボロボロにむけている。シャワーが壊れ、冷水で洗った髪はぐちゃぐちゃだ。東京の洗面台で、まずお目にかかることはない。
    でも、なんの混じり気もない目が、こちらをみていた。


    ああ、こんな顔があったんだ。

    ずっとしまってたのかもしれない。
    でも、もういいや。せめて、この旅のあいだくらい。

    携帯を取り出した。お気に入りの曲を一つ選ぶ。子どもの頃は、よく歌ってたんだ。日曜日になると、畳の部屋に弟を引きずり込んで。観客は両親しかいない、わたしだけのステージで。

    延々と流れる歌謡曲の哀愁をぶったぎるように、ドラムとギターの元気な音が車内に鳴り響いた。ガイドも好きだと言っていた、日本人ロックバンドの曲だ。

    「ねえ!歌おうよ!」

    男二人が驚いてこちらを見る。えー、ワタシ上手に歌えません、という声を無視し、一人でいきなり歌い始めた。うろ覚えの歌詞は「ンーンーンー」とハミングで誤魔化す。車の砂埃が舞い、風が、声をちぎっていく。それでも構わず響かせた。運転手は呆れたような顔で、こちらに何か言っている。ガイドがニヤニヤしながら言う。
    「りつこさん、うるさいって怒られちゃいましたよ」
    反射的に、ボリュームに手が伸びる。その手で音を、さらに上げた。

    「ダイジョウブダイジョウブー!」

    運転手の口癖も奪い、クネクネと身体を揺らす。いつも家族の前でしかふざけて踊らない、名もなき踊りだ。ガイドがまた、うひゃひゃと笑う。わたしも笑う。運転手はやれやれといった顔で苦笑いしている。

    んーー!気持ちいい。

    飲み込んだ言葉も。へらへら笑うしかできなかったことも。
    父を想って何度も泣いたことも。
    誰も知らなくていい。わたしだけは知っている。


    数日後、成田空港に帰ってきた。ムワッと湿った空気がまとわりつき、うええと思わず顔をしかめる。この数日が、ふいによぎる。渓谷で岩に登ったり、広大な砂漠を歩いた。ラクダのコブは、ずいぶんとモサモサしていたな。
    アプリを起動すると、真っ赤な未読の数字がずらりと並んだ。こんなに放置したのか。 それでも、スーツケースを持つ腕は、妙に軽かった。






    1年後。東京。

    「モンゴルってさ、馬もひつじも囲いに入ってないんだよ。その辺を普通に歩いてんの」
    頼まれもしないのに、うっかりモンゴルの話ばかりしている。えっ何それ、と笑われるたび、なんだかちょっとうれしい。

    相変わらず東京の会社員で、満員電車にも乗る。今日もどこかで「佐々木さん」と呼ばれ、愛想笑いもする。言いかけた言葉を、今でも飲み込む日はある。それでも、自分で作った夕飯を食べながら「まあまあ天才」と言ってみたり、公園のベンチでパンをかじって「うまっ!」と声が漏れてしまったりもする。


    ある日、山手線の中で携帯が光った。  

    「今日はオオカミを追いかけた。楽しかったよ」

    モンゴルからは、今でも不思議な近況が届く。一体なんの話か、いまだによくわからない。思わずニヤニヤしたわたしを、隣の人が見た気もする。

    あたりを見渡すと、電車はぎゅうぎゅうに詰まっている。
    なんか、ひつじの群れみたいだな。いや待て。わたしもその中の一匹じゃないか。
    ぎゅうぎゅうに揉まれながら、心の中で小さく「めえ」と鳴いた。


     
     
    モンゴルの遊牧民と結婚した40代都内会社員。元IPO人事13年、なぜかこういう人生になってました。夫が草原で馬に乗ってる間、私は室内で白玉を食べながら文章を書いてます。「ちゃんとした生き方」の外側にも、幸せはあるらしい。そんな日々の観察記録です。旅とお昼寝が好き。

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