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2026/09/01 今日のBGM Portico QuartetとかThe Comet Is Coming

    昨日一昨日Portico Quartet 聴いてた流れでのお勧めかな。
    ホームをリロードしたら、Hyper-Dimensional Expansion Beam というのが出て来た(他は聴いたことあるのばっかでつまらん)けど、これはどうかね? ジャケ的にスピリチュアルジャズ?

    ジャケの見立ては半分当たり。これは The Comet Is Coming の2022年作『Hyper-Dimensional Expansion Beam』で、Shabaka Hutchings+Danalogue+Betamaxのトリオ。spiritual jazzの語彙はかなり入っているけど、実態はもっと「electro-jazz/psychedelic jazz/dance music」寄り。Sun Ra的な宇宙神話とspiritual jazzの影響は批評でも明示されている一方、シンセ、TR-808、DX7、Juno、SH-101など電子楽器の比重がかなり高い。(Presto Music)

    なので、Portico Quartetの流れからYTMが持ってきた可能性はかなり高そう。共通するのは「英国ジャズ+電子音響+反復」だけど、質感はだいぶ違う。

    Portico Quartet『Terrain』が、
    「反復を地形にして、その上を音が漂う」
    なら、

    The Comet Is Coming は、
    「反復を推進装置にして、サックスとシンセを打ち上げる」
    感じ。

    しかも本作は4日間の即興セッションを録音して、その後DanalogueとBetamaxが再構成して11曲にした作品。つまり生演奏をそのまま収めたジャズというより、かなりプロデューサー的に編集されたもの。ここはあなたにはプラス材料だと思う。(Apple Music - Web Player)

    ただし危険信号もある。

    Shabakaのテナーはかなり前に出る。レビューでもstaccato-heavyなサックスがこのバンドの「raw heart」と評されているくらいで、Mammal HandsのJordan Smartみたいな「サックスなのにリズムギター化している」タイプではない。(Presto Music)

    さらにドラムもかなり強いし、曲によってはrock、drum'n'bass、dancehallまで行く。最終曲「Mystik」なんかはhard bop的なドラムとd'n'b的な動き、暗いdubグルーヴにサックスがかなり吠える。(AllMusic)

    だから今までの嗜好から予測すると、

    「音作りとリズムは面白い。シンセもかなり好き。でもシャバカが出しゃばり始めるとちょっとうるさい」

    となる可能性が結構ある。

    逆に、「spiritual jazzだから即アウト」ではない。Alice Coltrane的な瞑想・陶酔方面というより、Sun Ra+UK club music+synth+爆発力なので、スピ要素は世界観の衣装に近い。タイトルからして『Hyper-Dimensional Expansion Beam』だし、ジャケも完全に宇宙教だけど、音の中身はかなり機械的で身体的。

    今の「雨っぽいチル」の延長なら『Terrain』ほどは合わない。むしろ夜になって少し音量上げたい時の方が向いている。

    最初の数曲で判断するなら、「Code」→「Technicolour」→「Lucid Dreamer」まで聴けば十分。この3曲で、シンセ/ドラム/Shabakaの比率が許容範囲かほぼ分かると思う。もしそこで「サックスうるせえ」が来なければ、かなり行ける可能性がある。

    The Comet Is Coming のサックスはここまでやると逆に面白い。「危険信号」は、まあ許容範囲だった。リズムギター化まではしてないけどソロを吹き上げるのでなくミニマルな世界観を作る方向に行っているからかな。

    そうだと思う。Shabakaのサックスは前には出るけど、「いまから俺の見せ場」というソロイスト的な前進ではない。むしろ短いセル、反復フレーズ、咆哮に近い音型を積み上げて、シンセやドラムと一緒に一つの圧力場を作る。

    だからMammal Handsの「サックスがリズムギター化する」とは別の方法で、同じ問題を回避している感じがある。

    Mammal Handsは、
    「サックスを伴奏側へ引き下ろす」

    The Comet Is Comingは、
    「サックスを前に出したまま、ソロという制度を壊す」

    という違い。

    後者はかなり面白い。音量も存在感も大きいのに、フレーズが「自己表現の物語」へ向かわず、ミニマルな反復と集団的な高揚の材料になる。だから多少吹き荒れても、ジャズのサックス・ソロ特有の「コードの上を俺がどこまで行けるか」感が薄い。

    ここはPortico Quartetからの推薦としても実は筋が通ってる。表面の温度は全然違うけど、どちらも「サックスをジャズの通常の主役として扱わない」「反復が曲の文法を支配する」という点では近い。

    で、Shabakaはたぶん「リード楽器を消す」のではなく、リード楽器を儀式の信号装置みたいにする方向なんだろうな。スピリチュアル・ジャズの語彙はあるけど、演奏上はかなりミニマル/クラブ音楽的。そこまで徹底すると、たしかに逆に面白くなる。

    イギリスやドイツの「主張しないジャズ」みたいな潮流でまとめられないかな。この辺聴いていると、ロバートグラスパーのJ Dillaオマージュのリズムもあれはあれで変な「主張」に聞こえて来る。そうでなくファンクや黎明期のジャズ以来のリズム感覚から生まれたものだ、とか言えるかもしれんが、そうかな?とも。で最近は精巧に構築されながらそれを敢えて主張しない音楽がスキ、となっている。柳楽光隆だっけ、辺りが掘っていたりする領域だろうか。

    かなりまとめられると思う。ただし「主張しないジャズ」を既存のジャンル名として立てるというより、あなたの聴取軸として設定すると強い。実際、UK/欧州ジャズの一部にはかなり明確にその傾向がある。

    まず、柳樂光隆はまさにこの周辺を長く掘っている。ただ、彼の軸は「主張しない」ではなく、現代ジャズがヒップホップ、R&B、電子音楽、クラシック、ロックなどと自然に接続していること。『Jazz The New Chapter』はロバート・グラスパーを起点にした企画で、本人もグラスパーをシリーズの中心的存在と位置づけている。(note(ノート))

    ところが面白いことに、柳樂自身がUKジャズについて、US側とはかなり違う特徴を指摘している。UKではジャズ専門の聴衆よりクラブ/ロック側から支持されることが多く、「ジャズの部分に触れなくても語れる音楽」になっている。またUSほど最新トレンドを追いかける感じがなく、グラスパー自身についてもすでに「J・ディラっぽいのとかはいいかな」という段階に進んでいる、と2019年の時点で評している。(Billboard JAPAN)

    ここは今あなたが感じていることとかなり接続する。

    グラスパーのDilla的リズムって、登場時には「ジャズなのにこのビート」という革命だった。だから当然、リズムそのものが前景化する。

    ドラムが、

    「ほら、ヒップホップのbehind-the-beatを生身でここまで再現してるぞ」

    と聞こえる。

    Chris Daveなんか特にそう。これは演奏として凄いし、『Black Radio』の歴史的重要性も変わらない。ただ、Portico QuartetやGGP、The Comet Is Comingあたりを続けて聴くと、確かにその「Dilla性」自体が一種の主張に聞こえてくる。

    一方、欧州側で起きていることは少し違う。

    Portico Quartet自身がかなり露骨に言っていて、自分たちはジャズからよりもtechno、electronic music、rockから影響を受けているし、「自分たちをジャズバンドだとは思っていない」とまで述べている。そこで同列にGoGo Penguin、The Comet Is Coming、BadBadNotGoodを挙げている。(Bandcamp Daily)

    つまり、

    ジャズ奏者が電子音楽のビートを「取り入れる」

    ではなく、

    電子音楽以後の時間感覚を当然の前提として、生楽器で音楽を組む

    になっている。

    この違いはかなり大きい。

    グラスパー/Chris Daveでは、Dilla由来のリズムがまだ引用符付きなんだと思う。

    「ジャズ × Dilla」

    という接合面が聞こえる。

    GGPでは、もう接合面がほとんど聞こえない。「電子音楽みたいなリズムをジャズトリオでやる」ではなく、あの時間構造そのものが彼らの母語になっている。

    Portico Quartetなら、反復と編集と音響空間。

    The Comet Is Comingなら、ミニマルなセルとクラブ的な推進力。

    Mammal Handsなら、循環するパターンの内部に管楽器まで入る。

    だから「主張しない」というのは、演奏が控えめという意味ではない。The Comet Is Comingなんて全然控えめじゃない。

    むしろ、

    技法を技法として提示しない。

    これが核心に近い気がする。

    「俺はこんな複雑なポリリズムを叩ける」
    「ここでヒップホップをジャズに接続している」
    「ここからサックスの即興だ」
    「これはミニマル・ミュージックの引用だ」

    という括弧を消して、全部を一つの音響設計の中に溶かす。

    あなたの言う、

    精巧に構築されながらそれを敢えて主張しない音楽

    はかなり正確だと思う。

    柳樂がドイツ/ベルリン方面について書いているものにも、その感覚に近い記述がある。Christian Lillinger、Petter Eldh、Koma Saxo、Jameszoo周辺について、電子音楽の影響、機械的でミニマルなビート、複雑な変拍子が共通していると指摘している。さらに別のレビューではベルリン周辺の作品について、「ひんやりとクールでミニマル」なのに、よく聴くとリズムや細部が絶えず変化している、と書いている。(OTOTOY / オトトイ)

    これ、ほとんど今の好みそのものだと思う。

    ただし、「ファンクや黎明期ジャズ以来のリズム感覚から自然に出てきた」というところは、少し慎重にした方がいい。

    完全に連続しているとは言いづらい。

    ファンクではもちろん、反復するリズムセクションが個人のソロより先に世界を作る。James Brown以降なんて特にそう。ジャズにもensemble interactionやostinatoの長い歴史がある。

    でもGGPやPortico Quartetの「主張しなさ」は、それだけでは説明できない。

    明らかに、

    techno
    minimalism
    ambient
    post-rock
    studio editing
    sampling
    loop culture

    を通過している。

    だから系譜としては、

    「初期ジャズ/ファンク以来の身体的反復が、そのまま続いている」

    より、

    「ブラック・ミュージック由来の反復感覚を、電子音楽以後の編集・反復・音響設計が再編した」

    くらいが妥当だと思う。

    そしてUK/ドイツで特に面白いのは、そこにさらにヨーロッパの現代音楽、ECM、ミニマリズムが混ざること。

    アメリカ側だと、

    Dilla
    hip-hop
    gospel
    neo-soul
    funk

    が強く残る。

    欧州側では、

    techno
    ambient
    minimalism
    ECM
    post-rock
    contemporary classical

    がかなり強い。

    だから結果として前者は「グルーヴの凄さ」が聞こえやすく、後者は「設計の凄さ」が聞こえにくい。

    これをかなり乱暴に言えば、

    US新世代ジャズは、凄いことをやっているのが聞こえる。
    UK/欧州の一部は、凄いことをやっているのに、それを聞かせようとしない。

    という違いが出てくる。

    もちろん例外だらけだけど、あなたの現在のtasteを説明する軸としてはかなり有効。

    さらに面白いのが、これが前に話した「音楽IQ」ともつながること。

    最近好んでいるものは、単にチルなわけじゃない。

    Portico Quartet『Terrain』なんて典型で、

    音数を減らす
    反復を設計する
    音色を限定する
    各奏者の役割を抑制する
    微細な変化を長時間維持する

    というかなり高度な制御をしている。

    つまり、

    複雑さを足して能力を示すのでなく、複雑さを内部に隠す。

    これなんじゃないかな。

    Moonchildについて前に出た「持続を作曲する」とも完全につながる。

    だから今の嗜好を一行で言うなら、

    「技巧が聞こえる音楽」より、「技巧によって何も起きていないような状態を精密に維持する音楽」が好きになっている。

    もっと短くするなら、

    「精巧だが、精巧さを主張しない。」

    たぶん「主張しないジャズ」という呼び方を育てるなら、ここが定義になる。

    そして柳樂光隆は、この対象群をかなり掘っている人ではある。ただし彼自身の整理は「主張しない」という美学ではなく、「ジャズと他ジャンルの境界」「電子音楽以後のジャズ」「USとUK/欧州の差」といった形。なので、この「主張しなさ」を一つの美学として束ねるところは、少なくとも柳樂の既存の看板概念そのものではなさそう。むしろ彼が集めてきた材料を、別の評価軸で横断している感じだと思う。(note(ノート))

    この軸で見ると、GGP、Portico Quartet、Mammal Hands、The Comet Is Coming、さらにドイツ/ベルリン側まで並べて、「何を主張しないのか」を比較するとかなり面白いはず。

    「ファンクや黎明期ジャズ以来のリズム感覚から自然に出てきた」 というところはJ Dillaのビートの話ね、でRGが引き継いだ。で、イギリスやヨーロッパのジャズ?とはもう呼ばないのか、Portico Quartetの自認だと。それらは何か違う原理の気がするってこと。でジャズじゃなくハウスだけどBlue SixとかMiguel Migsとかアメリカでも西海岸はまた違う気がする。Moonchildも西海岸か。
    ザ・コメット・イズ・カミング • The Afterlife聴いてみたが、いきなり歌ものでびびったけど三曲目のサックスのミニマルな繰り返しとかはかなり良い。ソロっぽくフレーズ吹いていても音響的に前に出さないから聴いていられる。2022年に来日時に柳楽光隆がRolling Stoneでインタビューしたの読んだけど、サックスの人は「キング」かー。その割に上手く収めているな、他二人の手腕と、あとこのバンドもGGP同様エンジニアが固定っぽい、その辺が秘訣かな。

    そう、その整理の方が自然。まず訂正すると、「ファンクや黎明期ジャズ以来のリズム感覚から自然に出てきたか」という問いはJ Dilla側の話で、そこからRobert Glasperが引き継いだ系譜をどう理解するか、ということね。そこは前の返答で欧州側の話と混ぜた。

    Dillaのビートについては、「昔からの黒人音楽のリズム感覚がそのまま自然発生した」とだけ言うのはやはり弱いと思う。ファンク、soul、gospel、jazz、hip-hopという連続性はある。でもDillaのズレたキック/スネア、ハイハットの時間差、サンプルの切り方は、MPC以後の制作技法そのものと不可分。つまり「黒人音楽の時間感覚+サンプラー/ビートメイクによる再構成」。GlasperやChris Daveはそれを今度は生演奏へ逆輸入した。だからRGを聴いたときに「Dillaをやっている」という引用符が聞こえるのは自然で、そこにはどうしても技法上の主張が残る。

    それに対してPortico Quartet、GGP、The Comet Is Comingあたりは、もう原理が別に見える。彼ら自身も「ジャズ」というジャンル帰属を弱く扱うことが多く、Portico Quartetは実際、自分たちを積極的にjazz bandとは考えていないと語っている。電子音楽、minimalism、post-rock、ambientなどを母語として、編成だけ見ればジャズ的な生楽器を使っている、くらいに考えた方が分かりやすい。

    The Comet Is Comingについて今指摘したところは特に重要で、Shabakaが「King」を名乗るほどキャラクターが立っているのに、レコード上では意外なくらいサックスを適切な位置に収められている。

    その理由はかなり制作工程にあると思う。

    『Hyper-Dimensional Expansion Beam』では、3人で4日間かなり即興的に演奏した後、DanalogueとBetamaxが数か月かけて電子的に再構成している。Shabaka自身も「production processは基本的にMaxとDanの領域だった」と話している。つまりShabakaはまず演奏者として大量に素材を出し、残り二人が後から「何を残し、何を引っ込めるか」を決める。(Kıyı Müzik)

    これはまさに今聴いて感じた、

    「ソロっぽいフレーズを吹いていても、音響的には前に出てこない」

    理由になりうる。

    しかも録音エンジニアも固定に近い。2022年作ではKristian Craig Robinsonが録音エンジニア/追加プロデュースを担当していて、Universal Music Japanも彼を「長年のエンジニア」と明記している。(UNIVERSAL MUSIC JAPAN)

    だからGGPと似たところがある。

    個々の演奏者が毎回「自分の音」を最大化するのではなく、

    演奏
    ↓
    バンド内の選別
    ↓
    録音・編集
    ↓
    ミックス
    ↓
    固定エンジニアとの音場形成

    まで含めて一つの楽器になっている。

    ここが「主張しない」のかなり重要な条件かもしれない。

    つまり、演奏者が主張しないというより、

    アンサンブルとスタジオ工程が、個人の主張を最終的な音楽へ変換してしまう。

    Shabakaなんて演奏自体は全然引っ込んでない。それどころかかなり強烈。でも、完成品ではサックスが「King Shabakaのソロ」ではなく、シンセやドラムと同じ巨大な反復装置の一部になる。

    『The Afterlife』三曲目あたりはまさにそれで、サックスの短い反復セルを少しずつ変形させる。でも「今コード進行の上で即興しています」という聴かせ方をしない。音像としては一つのシーケンサーに近づく。

    だから以前のMammal Handsとの比較を少し精密化すると、

    Mammal Handsは
    「サックスの機能をリズム/伴奏へ寄せる」。

    The Comet Is Comingは
    「サックスの演奏は前景的なまま、ミックスと反復構造によって個人性を音響へ溶かす」。

    後者はかなり制作側の仕事が大きい。

    そしてBlue Six、Miguel Migs、Moonchildを持ってきたのも面白い。三者ともアメリカ、それもかなり西海岸的な音楽文化に近いけれど、USのGlasper系とは確かに違う。

    西海岸のこの辺には、

    「ジャズの高度な技法を見せる」
    でも
    「Dilla以後のズレを見せる」
    でもなく、

    空間、低域、反復、声、演奏を全部同じ温度にする

    方向がある。

    Blue Sixなんて典型で、ベースラインもコードも歌も実はかなり精巧なのに、「このベースを聴け」「この歌唱を聴け」とならない。Miguel Migsもそう。Moonchildも少しR&B/neo-soul寄りだけど、Amber Navranの声までアンサンブルの温度に統合する。

    だから「UK/ドイツ vs US」と単純に切るのではなく、

    一方に、

    技法を前景化する音楽
    — Glasper/Chris Dave的なDilla再演も含む

    他方に、

    技法を音響設計へ溶かす音楽
    — Portico Quartet、GGP、The Comet Is Coming、Blue Six、Miguel Migs、Moonchild

    という軸を置く方が強そう。

    そして後者の内部で、

    UK/欧州はminimalism、ambient、techno、post-rock、ECM的な抑制、

    US西海岸はdeep house、neo-soul、downtempo、studio R&B的な滑らかさ、

    という別々の起源を持つ。

    出自は違うのに、結果としてどちらも

    「精巧だが、精巧さを前景化しない」

    ところへ来る。

    最近の好みを説明するなら、この方がかなり精度高いと思う。Portico QuartetからThe Comet Is Comingへ行って、さらにBlue SixやMoonchildまで同じ軸で説明できる。


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